『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月20日 初版第1刷発行

認知症になった友人の人生を辿る、女性三人、最後の旅。戦争を生き延びた彼女が、生涯隠し続けた秘密とは? 人間の尊厳を見つめた、至高のミステリー!

認知症になった益恵を、二十年来の友人アイと富士子が最後の旅に連れ出した。それは、益恵の人生の足跡を辿る旅。大津、松山、そして絶海の五島列島へ - 。戦時中、銃弾飛び交う満州を歩き通し、命からがら祖国に辿り着いた益恵は、いかにして戦後の苛酷を生き延びたのか。旅の果て、益恵がこれまで見せたことのない感情を露わにした時、彼女たちの運命は急転する! (祥伝社文庫)

「まずは滋賀県大津市。それと愛媛県松山市。それから、長崎県の國先島」- 老婆三人が旅をする。覚束ない足どりで。しかもその内一人は認知症で・・・・・・・。こんな話のどこが面白い? - というあなたにこそ読んでほしいと思う一冊です。 

癒えぬ戦争の傷 誰が受け継ぐ (評者:大矢博子/朝日新聞掲載 2021年02月13日より抜粋)

86歳の益恵、80歳のアイ、77歳の富士子。20年以上に及ぶ仲良しだが、益恵の認知症が進み意思の疎通が困難になってきた。

益恵の夫は妻を施設に入れることを決意。その前に益恵と一緒に旅行してもらえないかと2人に頼む。益恵の心には何か 「つかえ」 があるらしい。理性で抑えていたものが認知症で溢 (あふ) れ始め、過去の断片に苦しめられている。それを取り除いてやりたいのだと。

行き先は益恵が前夫と過ごした大津と松山、そして旧満州から引き揚げ後に暮らした長崎県の離島。益恵の人生を遡 (さかのぼ) り、「つかえ」 を探す旅である。

Ж

3人の旅路と並行して語られる旧満州時代の益恵の物語が凄 (すさ) まじい。戦争末期、銃弾の飛び交う地域を逃げ惑い、家族と死に別れ、10歳の子どもがただ生き抜くために闘う過酷な日々。

それだけでも十分小説になり得るのに、著者はそれを 「消えゆく記憶」 として描いた。確かに忘れた方が幸せかもしれない。だがそのとき益恵の記憶はどこに行くのか。彼女が生きた証 (あかし) は誰が引き受けるのか。(後略)

大津、松山、長崎を訪ねる旅路とともに益恵の戦後を追うロードノベルは、過去と現代のふたつのパートが融合して終わりを迎える。終盤、怒濤 (どとう) の展開とともにアイと富士子の運命も急転するくだりは圧巻。

本書は、記憶は失われても決して消えない友情の物語であり、今なお癒えない傷を抱える戦争体験者の物語でもあり、人生の終幕にもう一度前を向く人々の物語でもある。荘厳という言葉がふさわしい一冊だ。

※『羊は安らかに草を食み』 というタイトルは、何を意図して付けられたのか - 読むといずれわかるのですが、できればもう少し (内容が想像できるような) 平易なものの方がよかったのではないかと。印象深く忘れ難くはありますが、買うのをちょっと躊躇いました。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆宇佐美 まこと
1957年愛媛県松山市生まれ。
松山商科大学人文学部卒業。

作品 「るんびにの子供」「愚者の毒」「入らずの森」「熟れた月」「死はすぐそこの影の中」「角の生えた帽子」「ボニン浄土」他多数

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