『永遠の1/2 』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『永遠の1/2 』(佐藤正午), 佐藤正午, 作家別(さ行), 書評(あ行)

『永遠の1/2 』佐藤 正午 小学館文庫 2016年10月11日初版

失業したとたんにツキがまわってきた。婚約相手との関係を年末のたった二時間で清算できたし、趣味の競輪は負け知らずで懐の心配もない。おまけに、色白で脚の長い女をモノにしたのだから、ついてるとしか言いようがない。27歳の年が明け、田村宏の生活はツキを頼りに何もかもうまくいくかに思われた。ところがその頃から街でたびたび人違いに遭い、厄介な男にからまれ、ついには不可解な事件に巻き込まれてしまう。自分と瓜二つの男がこの街にいる - 。現代作家の中でも群を抜く小説の名手、佐藤正午の不朽のテビュー作。(小学館文庫より)

以前(といっても随分昔のことになりますが)、この人の本をよく読んだ記憶があります。しかもかなり気に入って読んでいたような・・・・。この小説の初版単行本の発行は今から32年前、1984年のことになります。

冒頭の解説でも分かるように、主人公の「田村宏」はかなり軟弱な若者です。但し、(読むと段々に気付くのですが)根っからのバカというわけではありません。高校の同級生らは概して優秀で、宏にしてもそれくらいには頭はいいのだと思います。

ところが、(何があってそうなったのか)自分は並外れて縁起をかつぐ人間だといいます。要はやりたいようにやっているだけなのですが、ともかくも、宏には宏なりの言い分があります。

高校を出て公務員になり、3年で辞めたあとはレストランのウェイターなどを経てコーヒー豆の卸し屋に勤めるのですが、そこを年末になって突然のように辞めてしまいます。失業したとたんにツキがまわってきた - 宏がそう思ったのは、その直後のことです。

1年近く続いた女との関係を、結婚もせず、殺人も犯さず、涙の一滴も女の目からこぼれないという離れ業を持ってして、たったの2時間で清算できたのをことのほか誇らしく思い、どうやらツキがまわってきたのではないかと考えます。

(実は宏は未練たっぷりだったのですが)この年の大晦日、寒空の中で鼻水をすすりつつ来ない彼女を待っていたにもかかわらず、(後から思うに)そのあたりからすでに幸運は自分のかたわらに寄り添っていたのだと。
・・・・・・・・・
年が明けて、正月の3日。夜、宏は誘われて一人の娼婦を買います。相手は20代の街娼です。彼は思います。商売女と寝るのが男のツキのうちに入るかどうか意見の分かれるところだろうが、ぼくとしてはツキの兆しを認めたい。相応の出費はしたものの、その年齢のその種の女がそう何人もいるとは思えないし、やはり彼女に当ったのは自分がツキかけていた証拠だろうと。

「ねえ・・・・初めてだった? 」- あまりのことに言葉を捜しあぐねていると、「あら、違うのよ」と娼婦はいかにもおかしそうに笑い、「あのね、あたしと初めてだったかって訊いてるの」「おたくの顔は初めて見たような気がしないんだけど」と言われます。

13日、日曜。宏は(何よりの趣味!? である)競輪場に来ています。第5レースから第10レースまで全て予想が的中し、3枚の一万円札が15枚になります。翌日は10レースのうち7つまでが的中。明けて15日は10レース中8つを当てるという見事な戦績を収めます。

事が起こり出すのは十九日の土曜日、後節初日のことです。別れた父と偶然出会い、「おまえにそっくりな男がいて、さっき人違いしてな」と言われます。次に背の低い四十年配の男に不意に声をかけられ、「ずいぶん景気よさそうじゃない」などと言われます。

実の父親が見間違えるほど自分と似ている男がいること、続けて見ず知らずの男から(明らかに人違いされて)話しかけられたことがどうにも気にかかり、それから後のレースはまったくもって勝負になりません。

宏と小島良子が出会ったのは、そんな時のことです。彼女は競輪場の〈お茶コーヒー接待所〉に二人いる係の若い方の女性で、色白でやけに脚が長く、後姿は何度見ても飽きることがありません。おそらく駄目だろうと思いつつ、宏は半ば強引に良子を誘い出します。

ところが、予想に反して良子は宏の言った通りに待ち合わせ場所に姿を見せます。やがて二人は男と女の関係になるのですが、良子は宏の2歳年上、29歳になる出戻り女なのでした。

二人の恋愛模様と同時に、自分によく似た男の行方を捜し出そうとする宏の様子が相見えるように綴られてゆきます。タイトルにある「1/2」とは。「永遠」とは・・・・?

それらについての具体的な説明は一切なく、しかし状況は饒舌に過ぎるほど饒舌に語られ、結果これといった結末に至らぬまま物語は幕を閉じます。それでもそこには確かに感じるものがあり、事を成そうと全力で疾走する一人の若者の姿があります。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆佐藤 正午
1955年長崎県生まれ。
北海道大学文学部中退。

作品 「リボルバー」「個人教授」「彼女について知ることのすべて」「Y」「ジャンプ」「鳩の撃退法」他多数

関連記事

『海よりもまだ深く』(是枝裕和/佐野晶)_書評という名の読書感想文

『海よりもまだ深く』是枝裕和/佐野晶 幻冬舎文庫 2016年4月30日初版 15年前に文学賞を

記事を読む

『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』 (堀川惠子)_書評という名の読書感想文

『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』 堀川 惠子 講談社文庫 2024年7月12日 第1刷発

記事を読む

『私の息子はサルだった』(佐野洋子)_書評という名の読書感想文

『私の息子はサルだった』佐野 洋子 新潮文庫 2018年5月1日発行 何でもやってくれ。子供時代を

記事を読む

『青い鳥』(重松清)_書評という名の読書感想文

『青い鳥』重松 清 新潮文庫 2021年6月15日22刷 先生が選ぶ最泣の一冊 1

記事を読む

『犬婿入り』(多和田葉子)_書評という名の読書感想文

『犬婿入り』多和田 葉子 講談社文庫 1998年10月15日第一刷 多摩川べりのありふれた町の学習

記事を読む

『身の上話』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『身の上話』佐藤 正午 光文社文庫 2011年11月10日初版 あなたに知っておいてほしいのは、人

記事を読む

『うつくしい人』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『うつくしい人』西 加奈子 幻冬舎文庫 2011年8月5日初版 他人の目を気にして、びくびくと

記事を読む

『泳いで帰れ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『泳いで帰れ』奥田 英朗 光文社文庫 2008年7月20日第一刷 8月16日、月曜日。朝の品川駅

記事を読む

『イノセント・デイズ』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『イノセント・デイズ』早見 和真 新潮文庫 2017年3月1日発行 田中幸乃、30歳。元恋人の家に

記事を読む

『第8監房/Cell 8』(柴田 錬三郎/日下三蔵編)_書評という名の読書感想文

『第8監房/Cell 8』柴田 錬三郎/日下三蔵編 ちくま文庫 2022年1月10日第1刷

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『曾根崎心中/新装版』(角田光代 原作 近松門左衛門)_書評という名の読書感想文

『曾根崎心中/新装版』角田 光代 原作 近松門左衛門 リトルモア 2

『枯木灘』(中上健次)_書評という名の読書感想文

『枯木灘』中上 健次 河出文庫 2019年10月30日 新装新版3刷

『僕の女を探しているんだ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『僕の女を探しているんだ』井上 荒野 新潮文庫 2026年1月1日

『この本を盗む者は』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『この本を盗む者は』深緑 野分 角川文庫 2025年11月5日 8版

『いつも彼らはどこかに』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『いつも彼らはどこかに』小川 洋子 新潮文庫 2025年11月25日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑