『私の盲端』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文
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『私の盲端』(朝比奈秋), 作家別(あ行), 書評(わ行), 朝比奈秋
『私の盲端』朝比奈 秋 朝日文庫 2024年8月30日 第1刷発行
三島賞、野間文芸新人賞、泉鏡花文学賞を受賞、いま、最も注目される作家のデビュー作

デビュー作 「塩の道」 を収録した朝比奈秋の原点
女子大生の涼子は病気のため人工肛門になったことで生活が一変する。その意識と身体の変容を執拗に描き読者の内臓をも刺激する、現役医師による衝撃のデビュー作。へき地医療で出会った村民の生と死を描いた第7回林芙美子文学賞受賞作 「塩の道」 も併録。解説・井上荒野 (朝日文庫)
生まれて今に至るまでがすこぶる健康で、何の気なしに過ごしていたものが、ある日ふとしたことがきっかけで重大な病気とわかり、入院し手術を受け、一部を切除されたり取り換えられたりしたあげく、結局身体は元に戻らずに、その先一生不都合を抱えて生きていかなければならないとしたら。
「ストーマ」 とは、手術によって腹部に新しく作られた、便や尿の排泄の出口のことをいい、ストーマを設けた人を 「オストメイト」 と呼びます。便意を感じることなく排便し、パウチに溜まった便は (普通) バリアフリートイレの汚物流しを使用して “排泄“ します。彼女は、そのタイミングを計りかねたのでした。
「私の盲端」 は、悪性の腫瘍のために腸を切除し、人工肛門になった若い女性、涼子が主人公である。
冒頭の 「大便を漏らし」 たという一文にまずぎょっとさせられる。読むうちに、それは人工肛門に接続されたストーマパウチへの排便であることがわかる。人工肛門になると、本来の肛門からの排泄のようには便意を感じなくなる。涼子の場合、気配のようなものはあるが、いつでもタイミングを掴めるわけではなく、冒頭のように突然、脇腹のパウチの中に便の存在を感じるということが起きる。
人工肛門の実際。涼子の身体感覚。その描写の圧倒的なリアリティには、朝比奈秋が現役の医師であることももちろん寄与しているだろう。だが、それだけではない。医師としての知識と経験だけではこんなふうには書けないだろう。私たち読者を興奮させ、動揺させるのは、知識と経験を小説に転換させるときの、朝比奈秋の感性である。
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「塩の道」 では、福岡の 「お看取り病院」 勤務から、寒村の医者に転身した伸夫の日々が描かれる。地吹雪に降り込められ、看護師とともに車に閉じ込められる場面からはじまるこの小説には、先に書いた通り、「生」 と 「死」 が、くっきりした手触りと温度と湿度をあらわしながら、ゴロリゴロリと - まさに 「私の盲端」 でパウチの中に落ちる便のように - 転がっている。
福岡という都会の病院で、死にゆく老人に急須からラーメンのスープを飲ませていた伸夫は、寒村に来て、糖尿病で足を腐らせていく男の傷口を消毒したり、水中銃を携えたその男から襲撃されそうになったり、疲れから車の中で昏倒して死にかけたりする。
「生」 は漁師たちの肉体に象徴される。「樽のような」 「椅子に座っているだけでこちらに一歩迫ってきているように」 感じられる肉体。だが、その漁師たちも、老いて病を得れば死んでいく。苦しい息の下でじっと伸夫を見据え、すぐ横で夕食の膳を囲む家族たちに見守られながら - 。(解説より)
※盲端とは、内臓器官で一方の端が閉じている管 (盲管) において、その閉じた端のことをいいます。こんな言葉を、初めて知りました。読むと、人が思うことや願うことの前に、厳然として身体 (=肉体) があるということがわかります。臓器ひとつをなくしても、人は、それまでのようには生きられません。いくつもの不都合と折り合いをつけ、起こるであろう不具合をたえず意識しながら生きていかなければなりません。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆朝比奈 秋
1981年京都府生まれ。小説家、医師。
作品 「植物少女」「受け手のいない祈り」「あなたの燃える左手で」「サンショウウオの四十九日」など
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