『越境刑事』(中山七里)_書評という名の読書感想文
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『越境刑事』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(あ行)
『越境刑事』中山 七里 PHP文芸文庫 2025年10月22日 第1版第1刷
今度の敵は中国公安部!?

新疆ウイグル自治区の留学生が殺された。千葉県警捜査一課の高頭冴子は犯人を追って中国へ向かうが ・・・・・・・。
千葉県警の高頭冴子は、留学生の失踪が相次いでいるという噂を耳にする。その数日後、新疆ウイグル自治区出身の留学生カーリの死体が発見された。冴子は、事件に中国公安部が絡んでいると摑むも、カーリのバイト先の店主・カーディルも殺害され、冴子に保護を求めたカーリの同僚・レイハンも容疑者に連れ去られる。レイハンを救い、事件の真相を暴くため、冴子と部下の郡山は中国での捜査を強行するが - 。(PHP文芸文庫)
解説 福島香織 (ジャーナリスト)
読み終わって、最初に頭に浮かんだのは、「高頭冴子警部、ありがとう」 という感謝だった。人気警察小説の主人公に感謝の言葉を述べるのはへんだろうか。
異国の異民族、中国のウイグル人女性を救うために、国境を越え、筆舌に尽くしがたい拷問と、女性にとっての最悪の辱めに耐え抜き、任務を遂行する高頭冴子の強さに、中国の民族迫害問題を取材してきたジャーナリストとして、そして中国の女性の人権問題の深刻さを目の当たりにしてきた一人の女性として、しびれた。
高頭冴子は小説家の生み出した架空の人物。「県警のアマゾネス」 とあだ名され、目を引く美貌と高い身体能力と驚くべき強靭な精神力をもつ。そんな人間、実在するわけがない。一方、レイハンは実在する。
夫や兄弟たちが中国共産党によって強制収容され、その魔の手がいつ自分に及ぶか分からないという恐怖の中で暮らし続けるレイハンのようなウイグル人女性は多く実在するのだ。私自身がそんな在日ウイグル人女性たちを何人も取材してきた。
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現実の日本の警察に高頭警部は存在しないし、現実の日本のメディアに津留崎記者も存在しない。だが、レイハンのような女性は数え切れないほど実在する。現実の多くのレイハンは救われていない。
だから、この小説の世界の中だけでも、日本の警察官とメディア記者がその使命感とまっとうな義憤によって、中国公安部の暴力と対峙し、一人のウイグル人女性の救出に奮闘することに、心の中で喝采し、自分ができなかったことを成し遂げた高頭警部らにありがとう、と叫んだのだった。
中国共産党 (中国公安部)が行ってきたウイグル人に対する迫害の様子は、凄まじいの一言に尽きます。そしてその状況が続く現状に、多くの国やメディアは見て見ぬふりを通しています。そんな時勢に、 (たとえ小説とはいえ) こんな話を書いて大丈夫なのかと、それを一番に思いました。筆者も最後にこんなコメントを載せています。
『越境刑事』 では、高頭冴子がこの問題に真正面から挑み、戦った。
彼女が受けた拷問シーンを、私も歯を食いしばりながら読んでいた。ひ弱な日本のジャーナリストが発信する何倍もの影響力を、多くのファンを持つ人気小説の主人公は持っている。現実の日本人警官が高頭警部のように国外で国家権力を敵にまわした任務の遂行は不可能だが、小説家のペンが描く高頭警部に不可能はない。
日本の小説は中国出版市場ではかなりの人気だ。日本の何倍もの読者を獲得できる中国での翻訳出版のチャンスを棒にふり、政治経済に忖度せずウイグル問題を小説の材料に取り上げた中山七里氏の剛毅、勇気も高頭警部に劣らない。感謝申し上げる。
そうなんです。これはそんな小説です。
[目 次]
第一章 失 踪
第二章 保 護
第三章 拉 致
第四章 拘 束 ※スリル満点、ハラハラドキドキ。この辺から俄然面白くなります。
第五章 反 転
この本を読んでみてください係数 80/100

◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。
作品 「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「闘う君の唄を」「嗤う淑女」「魔女は甦る」「連続殺人鬼カエル男」「護られなかった者たちへ」「能面検事」 シリーズ他多数
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