『殺人出産』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/12
『殺人出産』(村田沙耶香), 作家別(ま行), 書評(さ行), 村田沙耶香
『殺人出産』村田 沙耶香 講談社文庫 2016年8月10日第一刷
今から百年前、殺人は悪だった。10人産んだら、1人殺せる。命を奪う者が命を造る「殺人出産システム」で人口を保つ日本。会社員の育子には十代で「産み人」となった姉がいた。蝉の声が響く夏、姉の10人目の出産が迫る。未来に命を繋ぐのは彼女の殺意。昨日の常識は、ある日、突然変化する。表題作他三篇。(講談社文庫)
「・・・・ あなたが信じる世界を信じたいなら、あなたが信じない世界を信じている人間を許すしかないわ」
主人公は、育子。育子の姉・環(たまき)は、強い殺人願望を持つ女性で、殺人出産制度を肯定し、若くして「産み人」となります。そして、育子の同僚の早紀子。彼女はルドベキア会の会員で、殺人出産制度を強く否定しています。
初潮と共に子宮に避妊器具を埋め込み、妊娠しなくさせてしまう。恋愛や結婚と子供を造ることとは別で、子供が欲しいと思えば人工授精によるか、さもなければ「産み人」が産んだ子供をもらってわが子として育てる。
一番重いのは「死刑」でなく「産刑」で、産刑を言い渡されると、牢屋で一生子供を産み続けなければなりません。女は病院で埋め込んだ避妊器具を外され、男は人工子宮を埋め込まれることになります。(罪人は例外なく出産を強いられるということ)
「10人産んだら、1人殺せる」-「殺人出産制度」は、その時代(今から100年後の日本)にあって、命を生み出す制度 - 人口の極端な減少に歯止めをかけ、かつ必然的に人口の増加を図るシステム - として最も合理的なものであったのです。
殺人出産制度が導入されたことで、殺人の持つ意味が大きく変わります。それを行う人は、「産み人」として崇められるようになります。対して、産み人に殺された人間は「死に人」と呼ばれます。
「死に人」のための葬儀では参列者は白い装束に身を包み、各々、一輪の白い花を「死に人」に捧げます。遺体に花を手向け、私たちの代わりに死んでくれて「ありがとうございます」と礼を言うと、遺族は「どういたしまして」と返すのが礼儀になっています。
「死に人」の勇気ある死を称えて、参列者は拍手をします。「産み人」が長い歳月をかけ、限界まで体力を消耗させ殺したいと願った人間が、その時代にあっては、命が生まれるための犠牲となった素晴らしい人間へと成り代わっています。
・・・・・・・・・
17歳という若さで「産み人」になると言った姉・環のことを、育子は最初必死で止めようとします。ところが、10人目を産むというときに至って、育子は自分の思いが少し違ったものへと変化をしていることに気付きます。
実は、ある事件がもとで育子の中にも殺意が宿ったことがあり、被害者だとばかり思っていたものが、あるとき、自分が加害者になり得ることに気付きます。(怨みに思う)人間を殺そう。殺せばいいんだ - という考えが、生きる上での大きな力になることに彼女は気付きます。
「殺意」という光が、その後の育子の人生の危機的場面に、不意に現れるようになります。但し、姉のように「産み人」になってまで殺したいとは思わない。本当の殺意とは結局のところ何だろう、と彼女は思います。
そんな時、ついに姉の10人目の子供が出産間近だというメールが届きます。10人目を産んだとき、姉は誰を殺すのだろうか。母かもしれないし、私かもしれない。わかるのは、その死のために10もの命が生まれたということだけだ、と育子は思います。
※他に三篇、「トリプル」「清潔な結婚」「余命」- どれもが一味も二味も違った短篇です。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆村田 沙耶香
1979年千葉県印西市生まれ。
玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒業。
作品 「授乳」「ギンイロノウタ」「ハコブネ」「しろいろの街の、その骨の体温の」「コンビニ人間」「消滅世界」など
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