『マタタビ潔子の猫魂』(朱野帰子)_派遣OL28歳の怒りが爆発するとき

公開日: : 最終更新日:2024/01/08 『マタタビ潔子の猫魂』(朱野帰子), 作家別(あ行), 書評(ま行), 朱野帰子

『マタタビ潔子の猫魂』朱野 帰子 角川文庫 2019年12月25日初版

地味で無口な派遣社員・潔子は、困った先輩や神経質な上司、いじわるな友人たちに悩まされては泣き寝入りする日々。実は彼らの嫌がらせは、謎の憑き物のせいだった。たまった恨みが爆発するとき、潔子は古来の憑き物・猫魂である飼い猫メロと合体して、黒ずくめの美女に大変身! 大胆不敵な 「仕返し」 で、ストレス社会に付け入る妖魔を退治していく。第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞した、痛快世直しエンターテインメント! (角川文庫)

(あの 『わたし、定時で帰ります。』 の著者のデビュー作です)

本書は、働く女性に向けた勧善懲悪の物語である。
と、言ってもいいのではないかと思うほど、働く女性に降りかかる不公平さであったり、女性同士のドロドロした人間関係であったりがリアルに描かれている。

とはいえ、なにも深刻になることはありません。むしろ面白可笑しく、その上痛快で、働く女性 - 特に、日頃抱えた鬱憤を晴らせずに、鬱々と、ウジウジと内にこもってばかりの貴女には、とっておきの一冊です。

たとえこの物語の設定が到底現実にはあり得ないことであったとしても、気にすることはありません。読んで貴女の抱えるストレスが見事解消できたとしたら、それが一番で、それこそが貴女にとって何より “現実” なのですから。

女性あるあるをエンターテインメント作品に仕立て上げ、猫魂 (ねこだま) という何とも魅惑的な異能を使って、降りかかる理不尽を打ち破っていくのだ。

だが、主人公である田万川潔子には、異能を使っている自覚はない。
飼い猫であるメロ
本名吉備唐万呂だけが、全てを知っているのだ。
そして、この物語は、メロの視点で展開される。

四つあるストーリーのおおよその展開はこうです。

まずは、潔子が寝ている間、メロは異能によって、昼間に潔子が受けた理不尽な仕打ちのドキュメンタリーを見る。それによって、メロは潔子の身にどのようなことが降りかかったのかを知り、獲物の存在を予見する。

その後、潔子の負の感情が頂点に達した時、メロは自分の魂である猫魂を潔子に憑依させ、理不尽な仕打ちをした主犯へと復讐を果たすのだ。

理不尽な仕打ちをする主犯には、必ず憑き物が憑いている。憑き物は、メロにとって御馳走だ。憑き物といえば、狐であったり狸であったりというのが妖怪モノの定番だが、本書の憑き物は外来種なのである。

外来種の憑き物とはどんな憑き物で、誰に、何時如何なるときに、如何なる理由でもって憑りついてしまうのか? それもまた、読みどころのひとつではあります。

憑き物と言っても、取り憑いて呪い殺そうという類いではない。
だが、どのメンバーも、身の回りに必ず一人はいそうな人物で、憑き物要素を差し引いても、なかなか背筋が寒くなるし、むしろ、憑き物というファンタジーな存在が彼らの恐ろしさを緩和させていると言ってもいい。
この世の中は、魑魅魍魎で溢れている。

貴女の職場にもきっといるはずです。不機嫌さを包み隠さず理不尽に他者に当たり散らし、周囲から恐れられているベテラン社員や、任された新人を自分の私物のように扱い、罵詈雑言やどつきを日常的に行っている先輩、アルバイトをところかまわず罵倒し、上司には猫なで声をあげるチームリーダーなどが。

弱い立場の人間は、あげたくても声があげられません。生きていくためには、したくもない忖度をしなければなりません。黙って耐えるだけの潔子に、(メロがいるとはいえ) 果たして明るい未来はやってくるのでしょうか? 

この本を読んでみてください係数 85/100

◆朱野 帰子
1979年東京都中野区生まれ。
早稲田大学第一文学部卒業。

作品 「海に降る」「わたし、定時で帰ります」「超聴覚者 七川小春 真実への潜入」「真壁家の相続」「科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました」「対岸の家事」他

関連記事

『いつかの人質』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『いつかの人質』芦沢 央 角川文庫 2018年2月25日初版 宮下愛子は幼いころ、ショッピングモー

記事を読む

『木洩れ日に泳ぐ魚』(恩田陸)_書評という名の読書感想文

『木洩れ日に泳ぐ魚』恩田 陸 文春文庫 2010年11月10日第一刷 舞台は、アパートの一室。別々

記事を読む

『公園』(荻世いをら)_書評という名の読書感想文

『公園』荻世 いをら 河出書房新社 2006年11月30日初版 先日、丹下健太が書いた小説 『青

記事を読む

『ある一日』(いしいしんじ)_書評という名の読書感想文

『ある一日』いしい しんじ 新潮文庫 2014年8月1日発行 「予定日まで来たというのは、お祝

記事を読む

『水たまりで息をする』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『水たまりで息をする』高瀬 隼子 集英社文庫 2024年5月30日 第1刷 いまもっとも注目

記事を読む

『夢魔去りぬ』(西村賢太)_書評という名の読書感想文

『夢魔去りぬ』西村 賢太 講談社文庫 2018年1月16日第一刷 三十余年ぶりに生育の町を訪れた

記事を読む

『不愉快な本の続編』(絲山秋子)_書評という名の読書感想文

『不愉快な本の続編』絲山 秋子 新潮文庫 2015年6月1日発行 性懲りもなくまたややこしい

記事を読む

『さよなら、ビー玉父さん』(阿月まひる)_書評という名の読書感想文

『さよなら、ビー玉父さん』阿月 まひる 角川文庫 2018年8月25日初版 夏の炎天下、しがない3

記事を読む

『小さい予言者』(浮穴みみ)_書評という名の読書感想文

『小さい予言者』浮穴 みみ 双葉文庫 2024年7月13日 第1刷発行 表題作 「小さい予言

記事を読む

『とんこつQ&A』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『とんこつQ&A』今村 夏子 講談社 2022年7月19日第1刷 真っ直ぐだから怖

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『神童』(谷崎潤一郎)_書評という名の読書感想文

『神童』谷崎 潤一郎 角川文庫 2024年3月25日 初版発行

『孤蝶の城 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『孤蝶の城 』桜木 紫乃 新潮文庫 2025年4月1日 発行

『春のこわいもの』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『春のこわいもの』川上 未映子 新潮文庫 2025年4月1日 発行

『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)_書評という名の読書感想文

『銀河鉄道の夜』宮沢 賢治 角川文庫 2024年11月15日 3版発

『どうしてわたしはあの子じゃないの』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『どうしてわたしはあの子じゃないの』寺地 はるな 双葉文庫 2023

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑