『夜の側に立つ』(小野寺史宜)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『夜の側に立つ』(小野寺史宜), 作家別(あ行), 小野寺史宜, 書評(や行)

『夜の側に立つ』小野寺 史宜 新潮文庫 2021年6月1日発行

恋、喪失、秘密。高校で出会った男女5人の22年を描く傑作長篇

その夜、親友が湖で命を落とした。二十二年前に高校で組んだバンドのメンバーが集まった宴での出来事だった。生徒会長の信明、副会長だった昌子、元バスケ部の壮介、吹奏楽部の君香。彼らは当時、スターのように輝いて見えた。歳月を行き来しつつ語られる、恋、別れ、喪失。そして秘密。人生を歩む道程であなたが味わう喜怒哀楽、そのすべてがここにある。作家としての成熟を表す、記念碑的長篇小説。(新潮文庫)

久しぶりにこの人の本を読みました。人気があるのは知っています。二、三冊は読んだのですが、全面的に好きかというと、それはどうかと。

何かはわかりませんが、何かが足りないような・・・・・・・。是が非でも読みたいというまでには至りません。私が鈍感なのか、作者が優し過ぎるのか。おそらくはそんなことなんだろうと。

この小説では、主に、主人公である野本了治の十八歳から四十歳までが描かれています。彼が何か特別な人物かというと、そうではありません。どちらかといえば地味で平凡な彼の - 高校三年生から四十歳に至る現在までの - そうするより他に仕方なかった人生の、二十二年に及ぶ苦渋と葛藤が真っ正直に語られています。

本作は、同年齢の四人 (二組のカップル) と了治との苦くせつない各種エピソードを主軸に、両親、できのいい兄、兄のパートナー、その息子、隣家の夫人と娘、さらには・・・・・・・といった面々が了治の周りを旋回する物語。旋回どころか、誘い、揺さぶり、問いかけ、了治を追い込むのだ。(解説より)

読者は了治の、おそらくはその 「真っ正直さ」 にやられてしまうのだと思います。その時々の年齢の了治と自分とを照らし合わせ、同調し、涙を流し、激しく後悔したり、胸をかきむしられたりもすることでしょう。

どの年代においても大小の何かの悲劇が主人公を見舞う。それが慎重で繊細、実直で諦めの早い性格の了治の行動を次々と縛ってしまう。未来の色彩が決定づけられてしまう。人生の流れには自分で変えられないものと自分の力で変えられるものがあって、つまり変えられない運命・宿命や時のいたずらと、本当は変えることができたのに踏み出せなかった技術・力量のなさとがあるわけで、了治の二十二年はそのどちらにもあまり恵まれていない歳月なのかもしれない。あるいは青春が誰にとってもそういう苦い質、属性を持ったものであるからなのかもしれない。だから共感を呼ぶ。

時空間を飛び飛びに移動しつつも、ストーリー進行のなめらかさ、読みやすさは見事だ。読みやすく奥行きがある。なんでもない描写の奥に見えないピアノ線のような人間関係が張りつめられている。小野寺作品の特長というべき簡潔なセリフは人となりを活写し、やりとりはとても映画的だ。(同解説より)

こんなことは言う必要もないのですが、どうか皆さん、投げ出さずに最後まで読んでください。最後の数行にたどり着いてください。そこに何が書いてあるか、どうかご自身で確かめてみてください。

※「高校で組んだバンドのメンバー」 などというものが登場すると、それだけで若干読む気が失せる私としては、出色の作品です。上手いという他ありません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆小野寺 史宜
1968年千葉県生まれ。
法政大学文学部英文学科卒業。

作品 「裏へ走り蹴り込め」「ROCKER」「ひりつく夜の音」「本日も教官なり」「みつばの郵便屋さん」、「その愛の程度」を第一作目とする「近いはずの人」「それ自体が奇跡」の夫婦三部作など。2019年 「ひと」 で本屋大賞2位。

関連記事

『真夜中のマーチ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『真夜中のマーチ』奥田 英朗 集英社文庫 2019年6月8日第12刷 自称青年実業

記事を読む

『あのひとは蜘蛛を潰せない』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『あのひとは蜘蛛を潰せない』彩瀬 まる 新潮文庫 2015年9月1日発行 ドラッグストア店長の

記事を読む

『Mの女』(浦賀和宏)_書評という名の読書感想文

『Mの女』浦賀 和宏 幻冬舎文庫 2017年10月10日初版 ミステリ作家の冴子は、友人・亜美から

記事を読む

『星に願いを、そして手を。』(青羽悠)_書評という名の読書感想文

『星に願いを、そして手を。』青羽 悠 集英社文庫 2019年2月25日第一刷 大人

記事を読む

『ざんねんなスパイ』(一條次郎)_書評という名の読書感想文

『ざんねんなスパイ』一條 次郎 新潮文庫 2021年8月1日発行 『レプリカたちの

記事を読む

『失はれる物語』(乙一)_書評という名の読書感想文

『失はれる物語』乙一 角川文庫 2006年6月25日初版 目覚めると、私は闇の中にいた。交通事故に

記事を読む

『綴られる愛人』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『綴られる愛人』井上 荒野 集英社文庫 2019年4月25日第1刷 夫に支配される

記事を読む

『神の悪手』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『神の悪手』芦沢 央 新潮文庫 2024年6月1日 発行 このどんでん返しが切なすぎる!! 

記事を読む

『今だけのあの子』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『今だけのあの子』芦沢 央 創元推理文庫 2018年7月13日6版 結婚おめでとう、メッセージカー

記事を読む

『藤色の記憶』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文

『藤色の記憶』あさの あつこ 角川文庫 2020年12月25日初版 ※本書は、201

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『時穴みみか』(藤野千夜)_書評という名の読書感想文

『時穴みみか』藤野 千夜 双葉文庫 2024年3月16日 第1刷発行

『作家刑事毒島の嘲笑』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『作家刑事毒島の嘲笑』中山 七里 幻冬舎文庫 2024年9月5日 初

『バリ山行』(松永K三蔵)_書評という名の読書感想文

『バリ山行』松永K三蔵 講談社 2024年7月25日 第1刷発行

『少女葬』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『少女葬』櫛木 理宇 新潮文庫 2024年2月20日 2刷

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』麻布競馬場 集英社文庫 2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑