『あの女』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『あの女』(真梨幸子), 作家別(ま行), 書評(あ行), 真梨幸子

『あの女』真梨 幸子 幻冬舎文庫 2015年4月25日初版

ただ幸せになりたいだけなのに。それだけなのに、つい自分の幸せと誰かの幸せを比較してしまう。ヤキモキして、勝手にもがき苦しんで、戦いを挑んだ挙句に自爆する。女の戦いとは、そういうものらしい。

小説の文庫化を記念して行われたインタビューの中で、真梨幸子はこんなことを言っています。

女性は、多分猿人だった時代から、男性(オス)に選ばれることが人生最大の目的だったんだと思うんです。つまり、「選択」するほうではなくて、「選択される」側としてのスペックを、数百万年という長い時間をかけて身につけてきたわけです。その最たるものが、化粧などに代表される「偽装」または「嘘」。

鳥で言えば、進化の過程で手に入れた、美しい羽のようなものです。でも、羽も目立ちすぎれば敵に狙われる。そんなリスクを背負いながらも、華美な羽で空を舞うことを恐れない鳥のようなものじゃないでしょうか、人間の女性も。

女性の化粧を「偽装」であり「嘘」だと言い切るところが潔くて、いかにもこの人らしい。女性であるにもかかわらず、女性特有のエゴや見栄、妬みや嫉み、諸々の「偽装」や「嘘」で固めた虚像を晒して、女性(メス)の本性を暴いてみせるのが真梨幸子の小説です。

この小説には、売れっ子作家の三芳珠美と売れない作家・根岸桜子を始めとして、次々に怪しい女が登場します。彼女たちにはそれぞれに、心底嫌いで、目障りで、死んでも負けたくないと思う、女性なら誰もが心の中で飼っている〈あの女〉がいます。

〈あの女〉への嫉妬や憧れや競争心といったものは思いの外執拗で、相手をやり込めるためには手段を選びません。男にはちょっと考え難いのですが、時としてそれは「恥も外聞も」なく、容赦のないものへとエスカレートして行きます。

なぜ、女たちはそれほどまでに〈あの女〉に囚われてしまうのでしょうか。まず、幻冬舎の記事からの抜粋ですが、こんな問いがあります。あなたに、思い当たる人はいませんか?

◇ 喋り方ひとつとっても気に障る女性がいる。
◇ 成功すれば浅ましいと思うし、失敗すればざまあみろと思う女性がいる。
◇ 仲は良いが心の底では本当は見下している女性がいる。
◇ 先に結婚されると心がざわつく女性がいる。

「仲は良いが心の底では本当は見下している女性がいる」などというのは、核心をついて鋭いですね。元より男も同様で、全く互いが遜色ない関係などというものはあり得ないと思います。但し、男はそれを承知で付き合いますが、女性の場合はその辺りが微妙です。

いずれにせよ、珠美と桜子の関係は険悪そのものです。20代で流行作家の仲間入りを果たした珠美に対して、働きながら作家を続ける桜子は35歳。安アパートで暮らし、本を出しても初版止まりの桜子ですが、彼女は決して珠美を認めようとはしません。

桜子に言わせると、珠美の文章は子供騙しで構成も粗く、セックスや欲望を刺激的に書けば、みんなが飛びつくと思っているような代物です。大衆は、所詮、低俗なものを好むのだ、と桜子は考えています。

そもそも、本の中身なんかは関係なくて、購買力を刺激するのは、作家自身のプロフィール。若さ、容姿、メディアの露出度、そして特異な経歴。珠美は、それらをすべて持っている。「だから、あんなくだらない小説でも高層マンションに住める身分になったのよ」

とまあ、こんな具合です。そして、「三芳珠美なんか、いなくなればいい」と、常日頃から思っているわけです。

そんな折、桜子の秘めたる願いが現実のものとなる事故が発生します。珠美がマンションから転落して病院に運ばれ、植物状態になります。すると、担当編集者の西岡は書けなくなった珠美から桜子に乗換え、一躍彼女は流行作家への道を歩み出すことになります。

・・・、これだけなら、どこかで読んだようなよくある話。ここから先の展開こそが、真梨幸子の真骨頂と言うべき領域です。珠美と桜子の確執は物語の大きな柱ですが、真にオドロしいのは、その柱に隠れて「脇を固めている」女性たちです。

あの稀代の殺人者「阿部定」が犯行当時名乗っていたという偽名「田中加代」と同姓同名の老婦人には、特に注意してください。担当編集者の西岡には妻がおり、娘がいます。この2人の女性も気にかけておいてください。最後に、これは男性ですが、当の西岡。こいつが、ややこしい男です。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆真梨 幸子
1964年宮崎県生まれ。
多摩芸術学園映画科(現、多摩芸術大学映像演劇学科)卒業。

作品 「孤虫症」「えんじ色心中」「殺人鬼フジコの衝動」「深く深く、砂に埋めて」「女ともだち」「鸚鵡楼の惨劇」「人生相談」「お引っ越し」他多数

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『あくてえ』(山下紘加)_書評という名の読書感想文

『あくてえ』山下 紘加 河出書房新社 2022年7月30日 初版発行 怒濤である。出口のない

記事を読む

『アンソーシャル ディスタンス』(金原ひとみ)_書評という名の読書感想文

『アンソーシャル ディスタンス』金原 ひとみ 新潮文庫 2024年2月1日 発行 すぐに全編

記事を読む

『夫の骨』(矢樹純)_書評という名の読書感想文

『夫の骨』矢樹 純 祥伝社文庫 2019年4月20日初版 昨年、夫の孝之が事故死し

記事を読む

『大きな鳥にさらわれないよう』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『大きな鳥にさらわれないよう』川上 弘美 講談社文庫 2019年10月16日第1刷

記事を読む

『熊金家のひとり娘』(まさきとしか)_生きるか死ぬか。嫌な男に抱かれるか。

『熊金家のひとり娘』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年4月10日初版 北の小さ

記事を読む

『アルテーミスの采配』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『アルテーミスの采配』真梨 幸子 幻冬舎文庫 2018年2月10日初版 出版社で働く派遣社員の倉本

記事を読む

『赤い部屋異聞』(法月綸太郎)_書評という名の読書感想文

『赤い部屋異聞』法月 綸太郎 角川文庫 2023年5月25日初版発行 ミステリ界随

記事を読む

『太陽のパスタ、豆のスープ』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『太陽のパスタ、豆のスープ』宮下 奈都 集英社文庫 2013年1月25日第一刷 結婚式直前に突然婚

記事を読む

『魚神(いおがみ)』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『魚神(いおがみ)』千早 茜 集英社文庫 2012年1月25日第一刷 かつて一大遊郭が栄えた、

記事を読む

『カラフル』(森絵都)_書評という名の読書感想文

『カラフル』森 絵都 文春文庫 2007年9月10日第一刷 生前の罪により輪廻のサイクルから外され

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑