『通天閣』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『通天閣』(西加奈子), 作家別(な行), 書評(た行), 西加奈子

『通天閣』西 加奈子 ちくま文庫 2009年12月10日第一刷

織田作之助賞受賞作だと聞くと、なるほどそれにはピッタリの小説で、作者が西加奈子とくれば、今では大概の人がああなるほどと納得もするでしょう。

それにしても『通天閣』とは何ともらしいタイトル、大阪を象徴するにはもってこいの建物です。界隈はまさに大阪そのものですが、実際を知らない人や半端な情報でものを言う人がいけません。必ずしも良いイメージばかりで語られるわけではないのです。

通天閣と聞いただけで、いかにも猥雑で、ちょっと恐そうなお兄さんや昼日中から酒浸りで正体不明のオッサン連中が通りにあふれ、何かの拍子に関わり合いにでもなろうものなら「あんサン、この先どないなるか分かりまへんで」みたいな風に思ったり、つい言ったりするわけです。

もちろん、今そんなことはありません。ただ、そんな〈気配〉がするだけです。この〈気配〉を正しく伝えることが難しい。この小説では、西加奈子という人が、それをいとも容易く(そう思えてしまうところがスゴイ)やってみせてくれます。
・・・・・・・・・・
この小説には2人の主人公が登場します。大雑把に言うと、1人はわけあって現在は独り身で孤独に暮らす中年男。もう1人が、近い将来結ばれると信じていた男に今まさにフラれたばかりの、おそらく20代の女性です。

彼らは、ほぼ通天閣の真下で暮らしています。住んでいる処も働いている場所もごく近所ですが、かといって2人は知り合いでも、これから知り合うような仲でもありません。ラストにほんの少し行き会う場面があるにはありますが、それも単なる偶然に過ぎません。

男は44歳、100円ショップやコンビニに卸す、大小2つの懐中電灯がセットになった「ライト兄弟」という何ともふざけた名前の商品を作る工場に勤めています。

男は以前、7つ年上で娘を連れた女性と結婚していたことがあります。しかしとうとう娘の父親になれずに別れた今は、ただ毎日自分が決めたことだけを「こなしていく」だけの日を過ごしています。そして、自分よりつまらない人生を歩む奴らを見ては毒づいています。

男は、周りのあらゆるものに不満を感じています。男の心は恨みつらみと愚痴を綯い交ぜにしたような感情で一杯なのですが、それはまた彼自身の、生きている実感が乏しい味気ない暮らしに対する苛立ちにも思えます。

一方の女性は、確かな年齢は書かれていませんがおそらく20代の半ばか、半ばから30歳の間くらい。映像作家を目指している恋人のマメとは同棲して約2年、彼女の関心事はもっぱら彼がいつプロポーズしてくれるかの一点にかかっています。

ところが、ある日突然マメは単身ニューヨークへ行くと言います。しかも、期間は3年。一緒にいた時間よりももっと長い時間、離れ離れでいようと彼は言うわけです。これを聞いたときの彼女の心の声-「そら、ないわぁ」・・・しかし、彼女は何も言えません。

「私たちは、別れたわけではない」-この一心で、それまで勤めていた花屋を辞め、より時給の高いスナックのチーフとして働き始めます。一人暮らしを維持するためと、過酷な労働を耐え忍んでまで帰国を待っているという、マメに対する彼女なりのアピールです。

しかし、(大方の予想通り)久しぶりのマメからの電話は、別れようというもの。好きな人ができたから別れたい、とマメは言います。相手は同業の日本人。せめて外人ならまだしも、ニューヨークくんだりまで行って、マメは日本人を好きになったのです。

マメ:めっちゃ頑張ってはんねん。作る映像も、なんていうか、新しいんや。
彼女(の心の声):何を言いさらす。頑張ってて、新しい映像を作れば、あんたは好きになるのか。尻が大きくてそそるとか、セックスがうまそうだとか、甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてくれるだとか、そういうことを言え。

頑張ってるときの目がきらきらしてる?
本人より作品に惚れたと言ったほうが正しい?

じゃかましい!
夢に向かってないと駄目なのか、何かを作っていないと駄目なのか。自転車でバイト先に向かい、阿呆の相手をして、マメのことだけを思って眠る生活をしている私は、駄目なのか。「きらきらと輝いて」、いないのか。

確かに彼女が勤める「サーディン」は〈ぼったくりバー〉と紙一重のいかがわしさで、オーナーをはじめ、まるでらしくない雇われママや個性的と言えばあまりに個性的なホステス連中とのつき合いに、彼女は芯から疲れ切っています。

マメを失って、生きる気力まで失くしてしまう彼女です。
男は、別れた妻を思うより、娘の父親になれずに終わった自分を悔やんでいます。

彼らの、心の声を聞いてやってください。少々下品なもの言いですが、きっと共感もし、時に笑えて、最後は胸にグッとくるはずです。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。

作品 「あおい」「さくら」「きいろいゾウ」「窓の魚」「円卓」「漁港の肉子ちゃん」「きりこについて」「ふくわらい」「サラバ!」他

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