『ここは退屈迎えに来て』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『ここは退屈迎えに来て』山内 マリコ 幻冬舎文庫 2014年4月10日初版

そばにいても離れていても、私の心はいつも君を呼んでいる - 。都会からUターンした30歳、結婚相談所に駆け込む親友同士、売れ残りの男子としぶしぶ寝る23歳、処女喪失に奔走する女子高生・・・・ありふれた地方都市で、どこまでも続く日常を生きる8人の女の子。居場所を求める繊細な心模様を、クールな筆致で鮮やかに描いた心潤う連作小説。(幻冬舎文庫解説より)

第7回R-18文学賞・読者賞を受賞した「十六歳はセックスの齢」を含む連作短編が8つ。山内マリコのデビュー作品です。

「ロードサイド小説」、「地方ガール小説」とも言うらしい。田舎(田舎が言い過ぎなら、地方にあるどこといって特徴のない町)で生まれ育ったうら若き女性たちの内なる「心の叫び」、思い通りにならない人生への「恨み辛み」が軽妙なタッチで描かれています。

勘違いしてはならないのが、彼女たちは「地方に生まれたこと」それ自体をどうこう言っているわけではありません。それはそれとして受け入れ、納得もしているのです。但し、それで満足かというとそういうことではありません。

彼女たちの不満の第一は、地方の田舎町には都会ほどの「刺激がない」ということです。彼女たちはおしなべて退屈しています。退屈であるがゆえに「お願いだから誰か私を迎えに来て」と、叫ばすにはいられないのです。

閑話休題。

私が暮らしているのはそれこそ何の変哲もない田舎町ですが、それでもずいぶん便利になりました。車で10分ほどのところには24時間営業の大型スーパーがあります。隣に評判のケーキ屋があり、そのまた隣にはドライブスルーで行けるクリーニング店があります。

(残念ながら歩いては行けませんが)近くにコンビニが2軒あり、家を出てすぐのところにはガソリンスタンドだってあります。隣町には百貨店があり、その周辺には背の高いマンションが何棟も建っています。

町と町を繋ぐ道路沿いには名の知れた量販店が軒を連ね、間にゲームセンターやパチンコ店があり、色んな種類の飲食店が並んでいます。・・・・が、だからといって「街」かといえば、間違っても街などではありません。

そんな風景こそが、(おそらくは日本中のどこにでもある)地方の田舎町の典型的な姿なのです。画一的で、欲しいと思ったものはたいてい手に入るのですが、しかし、心から欲しいと願うものだけがありません。

それを得るには「ここ」を出て、「都会(東京)」へ行くしかないと思ったとしても、誰が彼女たちを責めることができるでしょうか。年寄りならいざ知らず、彼女たちには未来があります。光り輝く(であろう)これからの人生を、存分に行使する権利があるのです。
・・・・・・・・・・
自分は将来こことは違う、もっと、ずっと晴れやかな場所にいて、必ずや思い描いた通りの自分を手に入れてみせる - 地方で暮らす大概の若者は、自分がまだ何者でもない時代、一度や二度は決まってそう考えます。

根っからの都会育ちにはわからない。地方で生まれた者にとって - そこに留まるか、あるいは早々に見切りをつけて出て行くか - はまことに大きな決断で、後の人生を大きく違えてしまうことになります。

この小説では、女性が抱く恋愛観や結婚観、セックス観などと絡めて、地方で暮らす彼女たちの生き難さと、それを承知でまた都会から舞い戻ってくる彼女たちの生き様などが鮮やかに描き出されています。

彼女たちはそれぞれに、自分が描く理想とは程遠い現状に鬱々としています。鬱々としてはいるのですが、反面、思った以上に強かでもあります。理想通りかどうかはさておき、少々のことではヘコたれません。

それが証拠に、中にある最も短い一編「東京、二十歳。」の主人公・朝子は、東京の街にどれだけ疲労困憊しても、それでも元気です。そして最後に、自分にこう言い聞かせます。

人生ははじまったばかり。田舎になんか、帰らない。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆山内 マリコ
1980年富山県富山市生まれ。
大阪芸術大学映像学科卒業。

作品 「アズミ・ハルコは行方不明」「さみしくなったら名前を呼んで」「パリ行ったことないの」「かわいい結婚」など

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