『生存者ゼロ』(安生正)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『生存者ゼロ』(安生正), 作家別(あ行), 安生正, 書評(さ行)

『生存者ゼロ』安生 正 宝島社文庫 2014年2月20日第一刷

北海道根室半島沖に浮かぶ石油掘削基地で職員全員が無惨な死体となって発見された。陸上自衛官三等陸佐の廻田と感染症学者の富樫らは、政府から被害拡大を阻止するよう命じられる。しかし、ある法則を見出したときには、すでに北海道本島で同じ惨劇が起きていた - 。未曾有の危機に立ち向かう! 壮大なスケールで未知の恐怖との闘いを描く、第11回『このミステリーがすごい! 』大賞受賞作。(宝島社文庫解説より)

長年住み慣れた部屋をようやくにして出て行った(金もないのに奴は結婚すると言って新しくできたマンションへ越して行ったのであります)二男坊が捨て置いていった中の一冊。

ほとんどが漫画本の中に唯一あった小説がこの本だったのですが、悲しいかな、まるで読んだ気配がありません。買ったばかりのようにまっさらで、それをそのまま処分するのがあまりに詮無いことで、せめてもと思い読んでみる気になりました。

ところが、これが中々に面白い。かなり深刻なスチュエーションではありますが、全体的には活劇風でこちらまでそうなるほどではありません。やや専門に過ぎる部分は(そこまで説明されてもなあというのが結構あって)斜め読みしていいかもしれません。

ちなみに、あとにある〈主要参考文献〉をみると、『炭疽菌 Bioterrorism』『脊髄損傷理学療養マニュアル』『図解 免疫学』『免疫生物学』『統合失調症』などといった如何にもな専門書が並んでいます。(実は他にもあるのですが、言うとネタバレするので書けません)

内容が深刻な割には人物描写が薄っぺらであるとか、時々辻褄が合わない会話があるとか、中に(主要人物の一人である富樫が有事の際の首相の優柔不断ぶりをこれでもかというくらいに糾弾する場面があるのですが)著者の「ある既存政党」に対するあまりのダメ出しぶりに「そこまで言わずとも」などと言った意見があったりもします。

しかしながら、そう言いつつも、結局最後は「それでも面白かった」と結んでいます。なんじゃそりゃ!? なら素直にそう言えばいいのに。単に言いたいだけの文句なら言わないでおいてほしい。粗探ししながら読んでどこが楽しいの(と思うのですが・・・・)。
・・・・・・・・・・
さて、物語の第一章は厳寒の2月、根室半島沖に浮かぶ石油掘削プラットホームTR102からの連絡が途絶え、近くを航行中の自衛隊の護衛艦から隊員が送り込まれるという場面から始まります。指揮を執るのは、廻田宏司三等陸佐。この物語の主人公その人です。

最初テロを想定しての突入だったのですが、ホーム内の無残な死体と血の海を発見するに及んで、状況からはウィルスや細菌によるものとしか考えられない事態へと一変します。

報告を受けた大河原首相ら政府首脳は国立感染症研究所の元研究者で気鋭の感染症学者・富樫裕也を招へい、対策への協力を依頼します。富樫は訳あって感染症研究所を追われた身、条件付きで依頼を受けはするのですが、その時既に精神に異常を来たし始めています。

一方、TR102から帰還した後の廻田は、感染の疑いが晴れるまで隔離生活を余儀なくされています。そのうち一緒にTR102で闘った部下の館山三曹が自殺を図って入院。さらには入院先の病院で屋上から飛び降り、結局命を失くしてしまうことになります。

そして、TR102で発生した事件から9ヶ月後の11月26日午前3時08分。北海道標津郡にある中標津警察署の地域課で、昼夜通しの勤務に就き、デスクで残務処理をしていた北沢巡査長の電話が鳴ります。

着信の赤ランプが点灯する相手は川北駐在所。「何だ、こんな時間に」北沢はペンを持つ手を止めます。面倒くさそうに受話器を取り上げたのですが、電話の相手は無言。「こちら中標津署。どうした? 」ちょっと苛ついた北沢は、声を荒げます。

すると。- 今の音は・・・・
何かが受話器に当てた耳を通り過ぎていきます。電話の向こうで木を刷毛でこするような微音がずっと続いていた、そのとき(・・・・やめろ、やめろ! )うわずった悲鳴が北沢の鼓膜を揺らします。しかもそれは一つでありません。

断末魔の叫び、そうでなければ地獄の底でうごめく亡者を思わせる悲鳴が次々と重なり合います。何か邪悪な物が電話の向こうで息を潜め、こちらの様子を窺っている、そんな身の毛もよだつ悪寒に襲われ、顔から血の気が引くのを北沢は感じます。

(根室の北、標津分屯地から7キロほど内陸に入った川北との連絡が途絶えた。ついては、すぐに標津町まで飛べ)- 帯広にある陸上自衛隊第五旅団にいる廻田に向けて、緊急の出動命令が下されます。

「なぜ私が?」と訊く廻田に、「TR102のときと状況が酷似しているから」という理由が告げられます。時刻は午前6時。このあと廻田はまたもやこの世の地獄、さらなるパンデミックに立ち会うことになります。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆安生 正
1958年京都府京都市生まれ。東京都在住。
京都大学大学院工学研究科卒業。

作品 「ゼロの迎撃」「ゼロの激震」など

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