『あなたの燃える左手で』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『あなたの燃える左手で』朝比奈 秋 河出書房新社 2023年12月10日 4刷発行

この手の元々の持ち主は、何処の、どんな人物だったのか? 彼には何も知らされません。わかるのは、明らかに日本人の手ではないということ。移植手は、使い込まれた白人のものでした。

第51回泉鏡花文学賞、第45回野間文芸新人賞受賞作

主人公のアサトは、日本人の看護師である。父の仕事の都合で高校時代に渡欧し、そのままオーストリアで就職をしたものの、手先の器用さを生かした仕事をしたいという思いから、ハンガリーの大学の看護学部に入学した。大学で出会ったウクライナ人女性ハンナと結婚してそのままハンガリーで暮らしてきた。

ある時、左手に違和感を覚え検査したところ、悪性の腫瘍であるという診断を受けてしまう。切断後に誤診であることがわかったが、切り落とした左手をもう戻すことはできない。愛国主義者という噂のあるハンガリー人医師ゾルタンにより、アサトには他者の左手が移植されるのだが、それは繊細な動きを得意とするアサトの手とは全く違う、肉体労働で使い込まれた肉厚な白人男性の手だった。

理不尽な形で肉体の一部を失ったアサトは喪失感と幻肢痛に悩まされる。そして、移植された左手に対する強烈な違和感と拒絶反応により、さらなる不安と苦しみに襲われてしまう。その身体感覚と追い詰められていく心理の描写に、一人の日本人患者としてアサトの心身の変化を観察するゾルタンの冷徹な視線と、クリミア出身でジャーナリストとして活動した経験を持つハンナの生き方が、慎重に重ね合わされていく。

国境がないというのはどういう感覚なのか、とつき合い始めた頃のハンナはアサトにしつこく訊いてきた。日本が手の移植を行わないのは、日本に国境がないからではないか、とゾルタンは言う。その言葉を投げかけられたのが私であったとしたら、どんな答えも意見も容易に出すことはできないと思った。自分が自分であることに対し、あまりに無自覚であったことに気がつかされ、打ちのめされている。(高頭佐和子/「WEB本の雑誌」 【今週はこれを読め! エンタメ編】 身体の上の 「国境」~ 朝比奈秋 『あなたの燃える左手で』 より抜粋)

※衝撃は、いきなり冒頭に訪れます。見てきたような、した試しがあるようなリアルさで。これは誰の、何の場面だと。何をしようとしているのか・・・・・・・。読むうち気づくのですが、物語にはもうひとつ、別の物語が重なっています。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆朝比奈 秋
1981年京都府生まれ。

2021年、「塩の道」 で第7回林芙美子文学賞を受賞。22年、同作を収録した 『私の盲端』 でデビュー。23年、『植物少女』 で第36回三島由紀夫賞を受賞。現役の医師でもある。

関連記事

『十一月に死んだ悪魔』(愛川晶)_書評という名の読書感想文

『十一月に死んだ悪魔』愛川 晶 文春文庫 2016年11月10日第一刷 売れない小説家「碧井聖」こ

記事を読む

『今だけのあの子』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『今だけのあの子』芦沢 央 創元推理文庫 2018年7月13日6版 結婚おめでとう、メッセージカー

記事を読む

『歩いても 歩いても』(是枝裕和)_書評という名の読書感想文

『歩いても 歩いても』是枝 裕和 幻冬舎文庫 2016年4月30日初版 今日は15年前に亡くなった

記事を読む

『オロロ畑でつかまえて』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『オロロ畑でつかまえて』 荻原 浩 集英社 1998年1月10日第一刷 萩原浩の代表作と言えば、

記事を読む

『あなたの不幸は蜜の味』(辻村深月ほか)_書評という名の読書感想文

『あなたの不幸は蜜の味』辻村深月ほか PHP文芸文庫 2019年7月19日第1版

記事を読む

『末裔』(絲山秋子)_書評という名の読書感想文

『末裔』絲山 秋子 河出文庫 2023年9月20日 初版発行 家を閉め出された孤独な中年男の

記事を読む

『緑の花と赤い芝生』(伊藤朱里)_書評という名の読書感想文

『緑の花と赤い芝生』伊藤 朱里 小学館文庫 2023年7月11日初版第1刷発行 「

記事を読む

『姫君を喰う話/宇能鴻一郎傑作短編集』(宇能鴻一郎)_書評という名の読書感想文

『姫君を喰う話/宇能鴻一郎傑作短編集』宇能 鴻一郎 新潮文庫 2021年8月1日発行

記事を読む

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日 第1刷発行 孤立した無菌

記事を読む

『がん消滅の罠/完全寛解の謎』(岩木一麻)_書評という名の読書感想文

『がん消滅の罠/完全寛解の謎』岩木 一麻 宝島社 2017年1月26日第一刷 日本がんセンターに勤

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』(清武英利)_書評という名の読書感想文

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』清武 英利 

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑