『国道沿いのファミレス』(畑野智美)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『国道沿いのファミレス』(畑野智美), 作家別(は行), 書評(か行), 畑野智美

『国道沿いのファミレス』畑野 智美 集英社文庫 2013年5月25日第一刷

佐藤善幸、外食チェーンの正社員。身に覚えのない女性問題が原因で左遷された先は、6年半一度も帰っていなかった故郷の町にある店舗だった。淡々と過ごそうとする善幸だが、癖のある同僚たち、女にだらしない父親、恋人の過去、親友の結婚問題など、面倒な人間関係とトラブルが次々に降りかかり・・・・。ちょっとひねくれた25歳男子の日常と人生を描いた、第23回小説すばる新人賞受賞作。(集英社文庫)

●佐藤善幸(主人公)
地元の高校を卒業すると同時に町を出て、東京の大学に進学し、東京に本社がある外食チェーンの会社に就職。彼が配属されたのはファミリーレストランの「チェリーガーデン」。都心の店舗で働き、やがては本社勤務というエリート枠での採用でした。

ところが、あと半年も経てば本社勤務になるという時期に問題が起こり、予定外の転勤が決まります。(幸か不幸か)転勤先の店舗は彼の生まれ故郷にあり、善幸は6年半ぶりに、戻るつもりのなかった関東地方の片隅の山に囲まれた小さな町に戻ることとなります。

●シンゴ(善幸の幼なじみ)
現在は図書館司書をしている彼と善幸は唯一無二の親友で、シンゴの母親の茜さんはゴールデン街の一郭で「スナック茜」を経営し、女手でひとつでシンゴを育て上げた気丈な女性です。ハーフでイケメンのシンゴの父親が外国人であるのは確かなのですが、

父親はおらず、どこの誰なのかも分かりません。シンゴには、吉田さんという恋人がいます。吉田さんは高校の時に学校全体でも一、二を争うくらいにかわいいと言われていた女性です。吉田さんとシンゴと善幸、彼ら三人は同じ中学・高校の同級生です。

●「チェリーガーデン」で働く面々(主に学生アルバイト)
ミカちゃん - 高校2年生。小柄で黒髪の、ちょっと地味めな女の子。
アキエちゃん - 大学の法学部の2年生。彼女は弁護士を目指しています。
宮本君 - アキエちゃんと同じ大学の同じ学部に通う、彼女ほどには真面目でない2年生。
星野君 - 職歴10年のベテランフリーター。30歳。キッチン担当。

●善幸の家族。(母親、じいちゃん、そして父親)
母親とじいちゃんとが血の繋がった親子。若い頃に放浪の旅人として日本中を回っていた父親は、旅の途中でまず茜さんと知り合い、そのうち茜さんと友達の母親と知り合ったあとすぐに善幸ができ、一人娘である母親のために佐藤家に婿入りした人物です。

じいちゃんが始めた電器屋を継ぐべく婿入りした父親だったのですが、彼は滅多と家にはいません。外に愛人を作ってはその愛人と暮らし、忘れかけた頃に戻って来たと思えばまた別に愛人ができ、すぐに姿をくらまします。

それでも母親は、離婚しようとはしません。愛情などこれっぽっちもないのに、父親は恥じることも隠すこともなく平然としているのに、母親が尚夫婦でいるのが善幸には理解ができません。父親こそ善幸が実家に帰りたくない元凶で、何より恨みに思っています。

●善幸の現在の恋人・佐藤綾(綾ちゃん)と、職場のもう一人の社員・山岸粧子さん
綾ちゃんは、町一番のショッピングモール「サクライ」にある携帯電話屋で働く29歳の女性です。善幸が機種変更に行ったあと、同じ佐藤姓だから覚えていたと声をかけられ、そののちすぐに関係を持ち、今では半同棲のような生活をしています。

粧子さんはバイト上がりで、短大卒業後すぐに社員になった人で、現在24歳。善幸より年下ですが、社歴は4年目で1年先輩になります。勤勉実直、善幸と違いアルバイト連中のミスに対しても容赦がありません。働き出した当初の善幸は、完全に「使えない人」だと思われてしまいます。

他には、不動産屋を営む吉田さんの父親であるとか、チェリーガーデンの店長・汐見さんといった人物も登場します。

さて、それでは一体、誰と誰がどうなふうになり、結果どうなってしまうのか?

後半は結構ハラハラ・ドキドキで、最後は「う~ん・・・、どうなのよ」と首を傾げる人がいるかも知れません。しかし、この小説が賞をとり版を重ねているのは、今どきの若者にとってはかなりリアルで、抜き差しならない何かを孕んでいる証拠なのだと思います。

主人公の善幸以外の、例えば綾ちゃんや粧子さんや星野君などについては、ある意味善幸以上に、今を生きる若者らの「実像」に近いのではないかと。彼らは誰一人自分が思うようには生きられていない - それは善幸以上にそうだと思うからです。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆畑野 智美
1979年東京都生まれ。
東京女学館短期大学国際文化学科卒業。

作品 「夏のバスプール」「海の見える街」「罪のあとさき」「タイムマシンでは、行けない明日」「感情8号線」「オーディション」など

関連記事

『カルマ真仙教事件(中)』(濱嘉之)_書評という名の読書感想文

『カルマ真仙教事件(中)』濱 嘉之 講談社文庫 2017年8月9日第一刷 上巻(17.6.15発

記事を読む

『けむたい後輩』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『けむたい後輩』柚木 麻子 幻冬舎文庫 2014年12月5日初版 14歳で作家デビューした過去

記事を読む

『吉祥寺の朝日奈くん』(中田永一)_書評という名の読書感想文

『吉祥寺の朝日奈くん』中田 永一 祥伝社文庫 2012年12月20日第一刷 彼女の名前は、上から読

記事を読む

『くもをさがす』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『くもをさがす』西 加奈子 河出書房新社 2023年4月30日初版発行 これはたっ

記事を読む

『おはなしして子ちゃん』(藤野可織)_書評という名の読書感想文

『おはなしして子ちゃん』藤野 可織 講談社文庫 2017年6月15日第一刷 理科準備室に並べられた

記事を読む

『献灯使』(多和田葉子)_書評という名の読書感想文

『献灯使』多和田 葉子 講談社文庫 2017年8月9日第一刷 大災厄に見舞われ、外来語も自動車もイ

記事を読む

『カレーライス』(重松清)_教室で出会った重松清

『カレーライス』重松 清 新潮文庫 2020年7月1日発行 「おとなになっても忘れ

記事を読む

『スクラップ・アンド・ビルド』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『スクラップ・アンド・ビルド』羽田 圭介 文芸春秋 2015年8月10日初版 今回の芥川賞の

記事を読む

『海馬の尻尾』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『海馬の尻尾』荻原 浩 光文社文庫 2020年8月20日初版 二度目の原発事故でど

記事を読む

『この世にたやすい仕事はない』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『この世にたやすい仕事はない』津村 記久子 新潮文庫 2018年12月1日発行 「

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑