『ようこそ、わが家へ』(池井戸潤)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『ようこそ、わが家へ』(池井戸潤), 作家別(あ行), 書評(や行), 池井戸潤

『ようこそ、わが家へ』池井戸 潤 小学館文庫 2013年7月10日初版

この本は半沢ブームの渦中に出版された、半沢直樹とは真逆の小心なサラリーマンが身近に起こる恐怖や事件に果敢に挑む奮闘記です。

面白いし、読後感は爽快。一気に読めること、間違いなしです。

[文庫本裏の解説より]
真面目なだけが取り柄の会社員・倉田太一は、ある夏の日、駅のホームで割り込み男を注意した。すると、その日から倉田家に対する嫌がらせが相次ぐようになる。
花壇は踏み荒らされ、郵便ポストには瀕死のネコが投げ込まれた。さらに、車は傷つけられ、部屋からは盗聴器まで見つかった。
執拗に続く攻撃から穏やかな日常を取り戻すべく、一家はストーカーとの対決を決意する。
一方、出向先のナカノ電子部品でも、倉田は営業部長に不正の疑惑を抱いたことから窮地へと追い込まれていく。

小説の主人公・倉田太一は52歳、勤めていた銀行から去年出向して、現在は年商100億円の中堅企業・ナカノ電子部品に勤務しています。

彼は出向という言葉にさほど悲観するでもなく、むしろ生き馬の目を抜くような銀行から出たことを善しとするような、欲もなく覇気が感じられない人物です。

代々木駅のホームで列を無視して割り込もうとしたのは、30代くらいの長髪で眼鏡をかけた浅黒い顔をした男でした。

日頃は見て見ぬふりをするような倉田ですが、このときは違いました。自分の娘くらいの女性がよろめくのを見て、思わず男に向かって腕を突き出し注意していたのです。

バス待ちで倉田が並んでいる列の後方に、その男がいます。同じバスに乗り込み、倉田に続いてバスから降りた男は明らかに倉田を尾行しているようです。

倉田は男の逆恨みのターゲットとして狙われてしまったのです。自宅近くで何とか振り切ったつもりでいましたが、事態は願うほど簡単には終わりません。

尾行された翌日から、倉田家は次々と悪質な嫌がらせに見舞われることになります。

一方、倉田が勤めるナカノ電子部品では、月一回の棚卸で在庫の不一致が判明します。金額にして2,000万円、取引先の企業から発注されたはずの商品が全て消えていたのです。

倉田は商品を仕入れたのが営業部長の真瀬だと聞き彼を問い詰めるのですが、弁が立つ真瀬に体よくあしらわれてしまいます。

帳簿が正しいかどうか確かめろと逆に言われる始末で、さすがの倉田も腹が立ちます。改めて詳細に在庫の確認をしてみると、あちこちから不審な点が浮かび上がってきます。

倉田は、在庫不足の背景に真瀬が深く関与していることを察知して真相を究明しようとしますが、これがとても一筋縄ではいかない難業でした。

倉田家では妻の珪子、大学生の息子・健太、高校生の娘・七菜。会社では経理担当の西沢摂子といった面々が奮闘する倉田を傍から支えます。

中でも健太と西沢摂子は、事件解決に大きな貢献を果たします。

この小説随一の醍醐味は、何と言っても事件の核心に迫るまでのストーリー展開にあります。ですから、あとはお読みいただくことにしましょう。

題材になっているストーカー事件に絡めて、池井戸潤は現代社会の匿名性を危惧した警鐘を鳴らしています。

「人間が持っている悪意が、たまたま匿名性を前提としたバーチャルな世界で開花してしまったと考えるべきかも知れない」と言います。

インターネット上に氾濫する匿名性を無責任で感情的な世界だと指摘し「それは現実世界にまではみ出してきてはいないか」と危惧します。

「自分がどこの誰かさえわからなければ、匿名を利用したいいたい放題、やりたい放題は、現実の世界でも有効だ」と書いています。

倉田を全く知らないままに、倉田に強烈な悪意を抱いた犯人を、池井戸潤は「匿名性」の見本として我々に示してくれているのです。

この本を読んでみてください係数 90/100


◆池井戸 潤

1963年岐阜県生まれ。

慶應義塾大学文学部および法学部卒業。1988年三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行。

32歳で銀行を退職、コンサルタント業のかたわらビジネス書を執筆、その後小説家。

作品 「果つる底なき」「M1」「銀行狐」「最終退行」「不祥事」「シャイロックの子供たち」「鉄の骨」「民王」「下町ロケット」「七つの会議」ほか多数

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『夏目家順路』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『夏目家順路』朝倉 かすみ 文春文庫 2013年4月10日第一刷 いつもだいたい機嫌がよろしい

記事を読む

『海』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『海』小川 洋子 新潮文庫 2018年7月20日7刷 恋人の家を訪ねた青年が、海か

記事を読む

『バック・ステージ』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『バック・ステージ』芦沢 央 角川文庫 2019年9月25日初版 「まさか、こうき

記事を読む

『星に願いを、そして手を。』(青羽悠)_書評という名の読書感想文

『星に願いを、そして手を。』青羽 悠 集英社文庫 2019年2月25日第一刷 大人

記事を読む

『マッチング』(内田英治)_書評という名の読書感想文

『マッチング』内田 英治 角川ホラー文庫 2024年2月20日 3版発行 2024年2月23

記事を読む

『やさしい猫』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『やさしい猫』中島 京子 中央公論新社 2023年5月30日8版発行 吉川英治文学

記事を読む

『八月は冷たい城』(恩田陸)_書評という名の読書感想文

『八月は冷たい城』恩田 陸 講談社タイガ 2018年10月22日第一刷 夏流城(か

記事を読む

『親方と神様』(伊集院静)_声を出して読んでみてください

『親方と神様』伊集院 静 あすなろ書房 2020年2月25日初版 鋼と火だけを相手

記事を読む

『晩夏 少年短篇集』(井上靖)_書評という名の読書感想文

『晩夏 少年短篇集』井上 靖 中公文庫 2020年12月25日初版 たわいない遊び

記事を読む

『夏と花火と私の死体』(乙一)_書評という名の読書感想文

『夏と花火と私の死体』乙一 集英社文庫 2000年5月25日第一刷 九歳の夏休み、少女は殺され

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『悪逆』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『悪逆』黒川 博行 朝日新聞出版 2023年10月30日 第1刷発行

『エンド・オブ・ライフ』(佐々涼子)_書評という名の読書感想文

『エンド・オブ・ライフ』佐々 涼子 集英社文庫 2024年4月25日

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』(清武英利)_書評という名の読書感想文

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』清武 英利 

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑