『最悪』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/04/04 『最悪』(奥田英朗), 作家別(あ行), 奥田英朗, 書評(さ行)

『最悪』奥田 英朗 講談社 1999年2月18日第一刷

「最悪」の状況にハマってしまう3名の人物を紹介しましょう。

川谷信次郎は、従業員二人の町工場の経営者。バブルがはじけた後、利益の薄い仕事を必死にこなして何とか経営を維持しています。そんな折、川谷は一番の得意先である北沢製作所の担当者・神田から設備投資の話を持ちかけられます。タレパンという合板金から型をくり抜く大型機械を導入してはどうかという話でした。

堅実経営を続けてきた川谷は内心では断りたいのですが、神田の手前言い出せずにいます。神田は既に融資の手立てを整え、銀行の担当者までをも紹介するに及んで、遂に川谷はその気になります。

藤崎みどりは、大手都市銀行で窓口担当をしているOL。母親の違う妹が奔放なせいで逆に真面目に育ったみどりは、憂鬱ながらも休まず仕事を続けています。連休中に実施される研修会に嫌々ながら参加し、気分が悪くなったみどりを介抱するふりをして淫らな行為に及んだのは、あろうことか支店長でした。悩んだみどりは、同僚の裕子に打ち明けます。裕子は黙って辞めるというみどりをなだめ、課長代理の木田に相談してみようと提案します。

野村和也は地元の高校を中退し、実家から出て愛知で土木作業員をしています。仲の良かった同僚が辞めたあと独りになった和也は、川崎に移り住みます。パチンコとカツアゲ、トルエンを盗んでは現金に換えて生活をしていた和也ですが、顔見知りのタカオと組んで大量のトルエンを盗んだことが大きな災いを招くことに - 。

盗みは目撃されており、組から借りたという車のナンバーを控えられていたのでした。タカオが慕うヤクザの山崎に呼び出された和也は、タカオと同様、徹底的に痛めつけられたのでした。

Ж

大型機械を入れて売上が増えれば、娘を短大へ行かせて家族も楽ができる。川谷はそう思いながらも、神田が執拗に勧める裏には裏なりの事情があるのもわかり、いまいち気分が晴れずにいます。

みどりは木田に相談したことが予想外の展開となり、銀行内に怪文書が流れ、事実が公けになると、本店に呼び出されて理不尽な事情聴取を受けることに。

組に迷惑をかけた落とし前をつけるために、和也はパソコンの中古屋へ侵入します。山崎へ納める現金を手に入れるためだったのですが、全てを預けたタカオに手酷く裏切られてしまうのでした。

悪い状況はさらに悪い状況を呼び寄せて、3人の行き場はどんどんなくなっていきます。やがて接点のない3人は、思わぬ場所で顔を合わすことになり、そこから話は一気に終盤へと - 。

小さな不足や不満を抱えた3人が、気付くと滑り止めのないスロープを急降下するように不幸のどん底へ落下していくまでの心情が丁寧かつ克明に描かれています。最悪を極めた小説ではありますが、出来栄えは間違いなく極上のエンターテイメントではないかと。自信を持ってお勧めする一冊です。

この本を読んでみてください係数 90/100


◆奥田 英朗

1959年岐阜県岐阜市生まれ。

岐阜県立岐山高等学校卒業。プランナー、コピーライター、構成作家を経て小説家としてデビュー。

作品 「ウランバーナの森」「邪魔」「東京物語」「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」「町長選挙」「ララピポ」「オリンピックの身代金」「ナオミとカナコ」他多数

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『悪い恋人』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『悪い恋人』井上 荒野 朝日文庫 2018年7月30日第一刷 恋人に 「わたしをさがさないで」

記事を読む

『鈴木ごっこ』(木下半太)_書評という名の読書感想文

『鈴木ごっこ』木下 半太 幻冬舎文庫 2015年6月10日初版 世田谷区のある空き家にわけあり

記事を読む

『猫を処方いたします。』 (石田祥)_書評という名の読書感想文

『猫を処方いたします。』 石田 祥 PHP文芸文庫 2023年8月2日 第1版第7刷 京都を

記事を読む

『脊梁山脈』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文

『脊梁山脈』乙川 優三郎 新潮文庫 2016年1月1日発行 上海留学中に応召し、日本へ復員する

記事を読む

『ボダ子』(赤松利市)_書評という名の読書感想文

『ボダ子』赤松 利市 新潮社 2019年4月20日発行 あらゆる共感を拒絶する、極

記事を読む

『芽むしり仔撃ち』(大江健三郎)_書評という名の読書感想文

『芽むしり仔撃ち』大江 健三郎 新潮文庫 2022年11月15日52刷 ノーベル文

記事を読む

『幻の翼』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『幻の翼』逢坂 剛 集英社 1988年5月25日第一刷 『百舌の叫ぶ夜』に続くシリーズの第二話。

記事を読む

『つやのよる』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『つやのよる』井上 荒野 新潮文庫 2012年12月1日発行 男ぐるいの女がひとり、死の床について

記事を読む

『魯肉飯のさえずり』(温又柔)_書評という名の読書感想文

『魯肉飯のさえずり』温 又柔 中央公論新社 2020年8月25日初版 ママがずっと

記事を読む

『続・ヒーローズ(株)!!! 』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『続・ヒーローズ(株)!!! 』北川 恵海 メディアワークス文庫 2017年4月25日初版 『 ヒ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』(清武英利)_書評という名の読書感想文

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』清武 英利 

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑