『ボラード病』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/12
『ボラード病』(吉村萬壱), 作家別(や行), 吉村萬壱, 書評(は行)
『ボラード病』吉村 萬壱 文春文庫 2017年2月10日第一刷
B県海塚市は、過去の災厄から蘇りつつある復興の町。皆が心を一つに強く結び合って「海塚讃歌」を歌い、新鮮な地元の魚や野菜を食べ、港の清掃活動に励み、同級生が次々と死んでいく - 。集団心理の歪み、蔓延る同調圧力の不穏さを、少女の回想でつづり、読む者を震撼させたディストピア小説の傑作。◎解説・いとうせいこう(文春文庫)
・・・・しかし本当に病気なのはあなた方のほうです。せいぜいそうやって、どこまでも仮想現実を生きていけばいいんだ。もう何十年も経ってしまったから、戻れないんでしょう? 今更誰が「この世界は捏造だ」と言えますか?
言えるのは私や母のような人間だけです。父や藤村先生は、それを言ったから捕まったんですよね。そして私たちも捕まった。そうやって隔離して、結局は抹殺するのですね。三つ葉化学の炉で焼くのですか?
私の代わりなんてまた幾らでも出てきますからね。勝手にやればいいでしょう。もうこんな体、見たくもないのです。そこの隅っこの便器のパイプに映るんです。見たくないのに、見てしまうんですよ。こんな顔でも、あなた方には美人に見えているんでしょう?
だったら抱いてみろよ臆病者。
B県の海塚市が何処なのか、そこで起こる「災厄」とは何なのか。それについては如何ほども語られてはいません。しかし、(すべからく家屋が倒壊し消え果てたことは事実で)そこでは復興に向けて皆が一心に、まるで何事もなかったかのようにして暮らしています。
団結のための歌を歌い、何より美味しいと地元の野菜や魚を率先して食べ、浜辺をきれいに戻そうと清掃のボランティア活動に励んでいます。そのうち、(原因や理由は明かされないまま)ぽつぽつと、人が死んでゆきます。
人は、何も言いません。町で起こるすべての出来事は、ただあるままに過ぎ去ってゆきます。何か言おうとしても、強く拒む力が働きます。町の姿勢を批判する人、皆がするのにしないでいる人たちは、疎外され、思いのほか惨い仕打ちを受けることになります。
母がそうなら、当時小学5年生の恭子もそうでした。恭子はさほど勉強ができる子ではなかったのですが、自分が抱く違和感については、とても敏感な少女だったといえます。
幼いときの恭子は、母をひどく怖れます。母は恭子の振る舞いの一々に注文を付け、気に喰わないと容赦なく彼女を諌めます。食事はカップ麺や冷凍食品で賄い、肉や野菜も買うには買いますが、施設の人に寄付するのだと言い、何があっても食べようとはしません。
異常なほどの潔癖症で、部屋の隅々を気が済むまで繰り返し掃除をします。恭子が学校から預かっているうさぎの毛を見つけると、うるさいくらいに始末しろと言います。手洗いとうがいは当然で、恭子の持ち物を、母は全部把握し管理しています。
保健室の先生や児童相談の先生らに呼ばれ話をするうちに、恭子は、もしかすると自分は病気なのかもしれないと思うようになります。そういえば、もっと前からそうであったような。そして、母もまた、自分と同じ病気なのではないかと・・・・
・・・・残念ながら、私に書けるのはここまで。あとは、小説を読んで、あなた自身が味わってみてください。ひりひりして、読むと必ず、忘れられなくなります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆吉村 萬壱(本名:吉村浩一)
1961年愛媛県松山市生まれ。大阪府大阪市・枚方市育ち。
京都教育大学教育学部第一社会科学科卒業。
作品 「ハリガネムシ」「クチュクチュバーン」「バースト・ゾーン」「ヤイトスエッド」「独居45」「臣女」他
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