『黒い家』(貴志祐介)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『黒い家』(貴志祐介), 作家別(か行), 書評(か行), 貴志祐介

『黒い家』貴志 祐介 角川ホラー文庫 1998年12月10日初版

若槻慎二は、生命保険会社の京都支社で保険金の支払い査定に忙殺されていた。ある日、顧客の家に呼び出され、子供の首吊り死体の第一発見者になってしまう。ほどなく死亡保険金が請求されるが、顧客の不審な態度から他殺を確信していた若槻は、独自調査に乗り出す。信じられない悪夢が待ち受けていることも知らずに・・・・・・・。恐怖の連続、桁外れのサスペンス。読者を未だ曾てない戦慄の境地へと導く衝撃のノンストップ長編。(角川ホラー文庫)

第4回日本ホラー小説大賞 大賞受賞作品

舞台は京都。ある日、大手生命保険会社、昭和生命京都支社に勤める若槻慎二のもとに、一本の不可解な電話がかかって来ます。菰田重徳と名乗るその人物は、彼を名指しで自宅へ来いと言います。しかし、若槻には菰田という人物に覚えがありません。何があって自分なのかがまるでわかりません。

照会表を確認すると - 契約者コモダ・サチコ、被保険者コモダ・サチコ、保険金受取人コモダ・シゲノリの3,000万円の定期付き終身保険。被保険者がコモダ・シゲノリとなっている、やはり3,000万円の定期付き終身。それからもうひとつは、500万円の子供向けの学資保険で、被保険者がコモダ・カズヤ - とあります。

若槻は、苦情があるとまず相手の年齢を見る癖がついていた。45歳。経験的に、一番危険なのは30代前半くらいだったが、このくらいの年だとまだ油断はできない。住宅を見ると嵐山の近くだった。どちらかというと高級な住宅街のはずだ。記憶をたぐってみたが何も出てこなかった。(P77)

京福電鉄嵐山線 - 終点・嵐山の一つ手前の駅で降りると、菰田重徳の家はそこから歩いて10分ほどの場所にあります。辺りには古くからの裕福な家が多くあり、古風な竹矢来の向こうにはボルボやベンツなどの高級車ばかりが並んでいます。

立派な生け垣のある家を過ぎると、その向こう側に、半ば朽ちかけたような真っ黒な家が見えます。家そのものはひどく老朽化が進んでいるようですが、敷地は広く、黒い板塀の向こうにある庭からは、何匹もの子犬の鳴き声が聞こえてきます。

はじめ留守だと思い、帰ろうとした時、若槻の目に今通ってきた道をやって来る人間が見えます。それが菰田重徳で、彼は油の染みついた作業服を着た、胸板の薄い貧弱な中年男でした。若槻は菰田の顔を見るなり、何か後悔に似た気分になります。

家のたたずまいから受ける、漠然とした嫌な感じ。それに向かいの家の女の不審な態度。若槻は菰田家は周囲から孤立しているという印象を持った。(P81)

「汚いとこやけど、入ってや」 菰田は若槻を家へと招き入れます。

中はうす暗く、一歩敷居をまたいだとたんに異臭が若槻の鼻腔を襲った。まるで、何か得体の知れない動物の巣の中に入っていくような錯覚さえ覚える。古い家には、たいていどこにでも独特の臭いがあるものだが、菰田家の場合は、それが尋常ではなかった。

ゴミが饐えたような不快な臭いに加えて、酸性の腐敗臭や麝香のような生臭い香料の臭いなどが複雑に混じり合っており、若槻は胸が悪くなった。(P85)

このあと菰田は、襖の向こうの勉強部屋にいるはずの息子・和也に向かい、(若槻に対し)顔を見せ挨拶をしろと、繰り返し声をかけます。

それでも返事がないのにイラついて、菰田は「あんた、ちょっと、そこの襖、開けてくれへんか? 」と言うと、しかたなく若槻は、言われるままに立ち上がり、「こんにちは」と言いながら襖を開けます。

11、2歳くらいの男の子が、半ば白目を剥いて上目遣いにこちらを凝視していた。顔面は蒼白で、半開きの口の上には鼻汁の乾いたような跡がある。若槻は目を瞬いた。男の子は、両手と両足をだらりと垂らして、床から50センチくらいの宙に浮かんでいた。

- それが首吊り死体であることに気がついてから、どのくらいの時間、茫然自失していたのかわからない。若槻はふと我に返った。いつの間にか、菰田重徳は若槻の横に並んで立っている。

菰田重徳の目は、まったく子供を見てはいなかった。
菰田は、自分の子供の首吊り死体はそっちのけで若槻の反応を窺っていたのだ。感情の動揺などは微塵もない冷静な観察者の目で。(P88)

※時を置かずして、昭和生命は菰田重徳から息子の死亡保険金500万円の支払い請求を受けることとなります。

しかしながら、事件の疑いが濃い上に菰田には過去に不審な保険金請求があったことから、昭和生命は保険金の支払いを保留とし、菰田の再三の要求に応じようとはしません。

執拗に支払いを迫る菰田に対し疑念を深める若槻は菰田の妻・幸子に対し、匿名で注意を促す手紙を送ろうと決意します。ところがこれが災いとなり、結果若槻は命の危険に晒されることになります。自分の思い違いに、若槻はまだ気付かないでいます。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆貴志 祐介
1959年大阪府大阪市生まれ。
京都大学経済学部卒業。

作品 「十三番目の人格ISOLA」「硝子のハンマー」「新世界より」「悪の教典」「天使の囀り」「クリムゾンの迷宮」「青の炎」「雀蜂」他多数

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