『ディス・イズ・ザ・デイ』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『ディス・イズ・ザ・デイ』津村 記久子 朝日新聞出版 2018年6月30日第一刷

なんでそんな吐瀉物みたいな名前を付けるんだ、と中学生の時から貴志は思っていたし、貴志の周囲の中学生たちはより思っていた。三鷹ロスゲレロス。ロス・ゲレロスとは、los guerreros と書き、スペイン語で「戦士たち」という立派な意味があるのだ、ということは大学でスペイン語の授業に出るようになって知ったのだが、わかりにくすぎるわ、と貴志は苦情を言いたくなる。中学生にそんな意図が理解できるわけがない。というか、そもそも三鷹をバカにしようと決めてかかっている連中がそんなことを調べるわけもないのだ。だからこそ、無難な名前でいてほしかったのだが、三鷹は「ロスゲレロス」とうっかり名乗りを上げてしまった。(第一話 「三鷹を取り戻す」 の冒頭の文章)

三鷹は、名前がそんな様子で、かつ、強かったということがないので、これまで貴志を何度か窮地に立たせたことがあります。一度目は、三鷹が国内プロサッカーリーグの三部から二部に昇格した、中学二年生の時でした。

母親が職場でもらった自由席のチケットを手に、一人で観に行き、そこで巨漢でスキンヘッドのディフェンダーである若生の忍耐強い守備と視野の広いパスに感嘆したまではよかったのですが、他の選手が不慣れすぎて結局試合は0-3 で負けてしまいます。

貴志はそれでも、家から自転車で二十分という範囲にホームがあるサッカークラブが二部にまで昇格したことはうれしかったものの、不都合だったのは、近くにスタジアムがあるせいで、中学校の連中もまた三鷹の試合結果を知っていたり、テレビ放映を観たりしていたということでした。

試合の次の日、貴志は学校で、特に三鷹ロスゲレロスを「観に行ってよかった」という話をしたいわけではなかったけれど、「観た」という話ぐらいはしようと思っていた。それで、他にも「観た」という生徒がいたなら、DFにいい選手がいた、とほんの少しだけいいことを言おうと思っていた。あわよくば、あと何回かは、今シーズン中に観に行ってみようと思った、と打ち明けようと思っていた。そしてその相手と、スタジアムに行くことができればいいなと思っていた。男子でも女子でもよかったけれども、できれば女子だとうれしいなとぼんやり考えていた。(P10)

ところが、残念ながら貴志の思いは何ひとつ叶わぬ仕舞いで終わります。声がでかくて運動神経がいいサッカー部の磯山の、「三鷹なんだあれ」という一言に、それに同調してするクラスの男連中の三鷹をバカにした嘲笑に、貴志は何も言えなくなります。

二度目。

三鷹は初めて二部に昇格した年に最下位となり、また三部に降格。その日以来、貴志は、なるべく三鷹のことを考えまいとします。以前試合に行ったことも注意深く話さないようにして、自分は一度も三鷹ロスゲレロスには関わったことがない、という態を装います。

しかし、貴志のそれはあくまで「態」で、弱いチームでありながら、ロスゲレロスという変な名前であるものの、地元のチームであるが故、内心では三鷹を見限ることができません。その頃の貴志はというと -

自分でそれが唾棄すべき態度だということは自覚していたが、そもそも貴志が三鷹の試合に行ったことを知っているのは貴志の家族だけだったので、誰も「このヘタレが」と貴志を罵ることはなかった。むしろ、貴志の変節を最も謗り、気にしているのは貴志自身だった。(P12)

貴志が高校一年生の時、三鷹は三部を2位の成績で終え、二部の21位との入れ替え戦にも勝って再び二部に昇格します。この物語のはじめ、三鷹は二部リーグ22チーム中の17位。どうとも言えない位置に甘んじています。(話はまだまだ続きます)
・・・・・・・・・・・・・・
この小説は、著者初の新聞連載をもとにまとめられた連作短編集で、国内プロサッカー2部リーグを舞台に、それを観戦する人たちの悲喜こもごもが描かれています。些末でありながら、しかし当人には抜き差しならない、”人生の諸事情” についてが綴られています。

微細にして軽妙。「普通の人」を描かせたらピカ一の著者が、プロサッカーの2部リーグ - 2部というのが如何にも彼女らしい - にまつわる話に挑みます。

そのために創られた “架空” の22チームを紹介しましょう。

オスプレイ嵐山、CA富士山、泉大津ディアブロ、琵琶湖トルメンタス、三鷹ロスゲレロス、ネプタドーレ弘前、鯖江アザレアSC、倉敷FC、奈良FC、伊勢志摩ユナイテッド、熱海龍宮クラブ、白馬FC、遠野FC、ヴェーレ浜松、姫路FC、モルゲン土佐、松江04、松戸アデランテロ、川崎シティ、桜島ヴァルカン、アドミラル呉、カングレーホ大林、以上。

ご丁寧にも、全チームエンブレム入り特製地図があり、巻末には年間最終順位表があります。「三鷹ロスゲレロス」にも笑いましたが、傑作なのは、何と言っても ネプタドーレ弘前。こともあろうにネプタドーレとは、ホンマこんなのよう思いつくわ。

※いずれにせよ、あなたの気になるチームの話からでも読んでみてください。それぞれのチームを応援する人たちの、シーズン最後の試合に臨むまでの様子が、事細かに描かれています。きっと、何かしらあなたも元気になれるはずです。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆津村 記久子
1978年大阪府大阪市生まれ。
大谷大学文学部国際文化学科卒業。

作品 「まともな家の子供はいない」「君は永遠にそいつらより若い」「ポトスライムの舟」「ミュージック・ブレス・ユー!! 」「とにかくうちに帰ります」「浮幽霊ブラジル」他多数

関連記事

『小説 ドラマ恐怖新聞』(原作:つのだじろう 脚本:高山直也 シリーズ構成:乙一 ノベライズ:八坂圭)_書評という名の読書感想文

『小説 ドラマ恐怖新聞』原作:つのだじろう 脚本:高山直也 シリーズ構成:乙一 ノベライズ:八坂圭

記事を読む

『草祭』(恒川光太郎)_書評という名の読書感想文

『草祭』恒川 光太郎 新潮文庫 2011年5月1日 発行 たとえば、苔むして古びた

記事を読む

『玉瀬家の出戻り姉妹』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『玉瀬家の出戻り姉妹』まさき としか 幻冬舎文庫 2023年9月10日初版発行 まさ

記事を読む

『彼女が天使でなくなる日』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『彼女が天使でなくなる日』寺地 はるな ハルキ文庫 2023年3月18日第1刷発行

記事を読む

『翼』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『翼』白石 一文 鉄筆文庫 2014年7月31日初版 親友の恋人である、ほとんど初対面の男から結婚

記事を読む

『さんかく』(千早茜)_なにが “未満” なものか!?

『さんかく』千早 茜 祥伝社 2019年11月10日初版 「おいしいね」 を分けあ

記事を読む

『太陽の塔』(森見登美彦)_書評という名の読書感想文

『太陽の塔』森見 登美彦 新潮文庫 2018年6月5日27刷 私の大学生活には華が

記事を読む

『ペインレス あなたの愛を殺して 下』(天童荒太)_書評という名の読書感想文

『ペインレス あなたの愛を殺して 下』天童 荒太 新潮文庫 2021年3月1日発行

記事を読む

『奴隷小説』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『奴隷小説』桐野 夏生 文芸春秋 2015年1月30日第一刷 過激です。 桐野夏生の新刊『

記事を読む

『ちょっと今から人生かえてくる』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『ちょっと今から人生かえてくる』北川 恵海 メディアワークス文庫 2019年7月25日初版

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

『水たまりで息をする』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『水たまりで息をする』高瀬 隼子 集英社文庫 2024年5月30日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑