『奴隷商人サラサ/生き人形が見た夢』(大石圭)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/09
『奴隷商人サラサ/生き人形が見た夢』(大石圭), 作家別(あ行), 大石圭, 書評(た行)
『奴隷商人サラサ/生き人形が見た夢』大石 圭 光文社文庫 2019年2月20日初版
![](http://choshohyo.com/wp-content/uploads/2024/01/91ohBzQ4kL._AC_UL320_.jpg)
かつて奴隷として買われ、今では奴隷を売買する立場になったサラサ。彼女の頭を離れないのは、自分とともに売られ、行方がわからない妹アリアのことだった。その妹は、上海で、ある男に愛人として飼われていた。彼女の妊娠が発覚したことから、姉妹二人の運命は大きく動き始める。そしてサラサを襲う卑劣な罠とは? 衝撃の展開から目が離せないサスペンス長編! 文庫書き下ろし(光文社文庫)
『女奴隷の烙印』 に続く書き下ろしシリーズの第2弾。前作で苛酷な運命を背負うことになったサラサとアリアの姉妹。二人を陥れた男に復讐を果たし、奴隷の身分から一転、奴隷商人となったサラサは奴隷として売られてしまった妹・アリアを捜すのだが・・・・・・・
性奴隷として売買されていく若き女性たちの悲惨で苛酷な日々と二転三転するストーリー。果たして、サラサとアリアの運命や如何に - 。(シリーズはこの先も続きます)
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日没までにはまだ少しの時間がある。けれど、鉛色をした雲が空を覆い尽くしているために、窓の外は早くも夕暮れのように薄暗い。
女は窓辺にいる。椅子の背にもたれ、舞い続ける雪を眺めている。何を考えるわけでもなく、ただぼんやりと眺めている。
いや、何も考えていないわけではない。こうしていても、愛しい人々への思いが次から次へと湧き起こる。けれど、女はそれらの思いをいつも意識的に振り払おうとしている。考えるべきではないのだ。たとえ考えたとしても、彼らに会える日は、たぶん、永久に来ないのだから。
女は長くつややかな黒髪と、透き通るように白い肌の持ち主で、目が大きく、鼻の形がよく、まったくと言っていいほどに欠点のない美しい顔をしている。あまりにも顔立ちが整っているので、命を持たない人形のようにさえ見える。キルティングのガウンに包まれた女の体はとても華奢で、間もなく28歳になろうという今も思春期を迎えたばかりの少女のようでさえある。
「あと一時間もしないうちにご主人様がいらっしゃるわ」
腕時計に視線を落とした女中が告げた。「だから、もうあまり時間はないわよ。それを飲んだら、お風呂に入って、身支度を始めましょうね」
彼女は無言で頷くと、自分たちが 『ご主人様』 と呼んでいる男の姿を思い浮かべる。
その男はメタルフレームの眼鏡をかけていて、すらりと背が高かった。顔立ちは整っていて、ふだんの振る舞いも言葉遣いも上品だったけれど、いつも少しものうげな様子をしていて、どことなく悲しげで、笑顔を見せることはめったになかった。
ここに来るたびに、彼は 『好きだよ、アリア。愛しているよ』 と繰り返す。
それは本心なのだろうと彼女は思う。けれど、彼が本当に愛しているのなら、どうしてわたしはこんなところに閉じ込められているのだろう? どうして、ここから出ることを許されないのだろう?
けれど、それを尋ねてみたことはない。
長江の河口、上海の一等地に聳え立つ超高層マンションの40階の一室で、紅茶を飲みながら雪を眺めている女の名は、藤原アリア。
『ご主人様』 の性的欲求を満たすこと、それが彼女の唯一の仕事である。
※ 藤原アリア:サラサの妹。姉と一緒に19歳の時に誘拐され売られた。儚げな風情をたたえる絶世の美女で記録的な高値がついた。購入者は不明で行方もわからない。
この本を読んでみてください係数 80/100
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◆大石 圭
1961年東京都目黒区生まれ。
法政大学文学部卒業。
作品「履き忘れたもう片方の靴」「蜘蛛と蝶」「女が蝶に変るとき」「奴隷契約」「殺意の水音」「甘い鞭」「殺人鬼を飼う女」「地獄行きでもかまわない」他多数
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