『夜明けの縁をさ迷う人々』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『夜明けの縁をさ迷う人々』小川 洋子 角川文庫 2010年6月25日初版

私にとっては、ちょっと書き倦ねていた感のある人です。元来ドロドロ系で、生身の人間の体臭に噎せ返るような小説が好きな私にとっては、小川洋子が書く小説はまさにその真逆にあるものです。読んではいましたが、上手く消化できていたとは言えません。

大げさなクライマックスやドラマチックな結末がなく、文章はあくまでも抑制が効いており、悪意や毒気があっても、けっして生々しいものではありません。イメージが優先した、透明で美しい・・・・・・・、そう、小川洋子の小説はとても美しい小説です。

上手く言えませんが、天から降ってくる声をそのまま文字にしているような感じ、ですか。どこかで読んだことがあるのですが、この人は書く前にきっちり予定を立てない人で、予定通りに結末を迎えるような作品は失敗作であるとさえ言っています。

それほどに自分の感性に従順で、信じて揺るぎがありません。だからこそ、時折どこからそんな発想が出てきたんだろうと思うような話があります。

「お探しの物件」 のチェス館やリリアン邸然り、「銀山の狩猟小屋」 の訳のわからない獣・サンバカツギだってそうですし、あんな 「再試合」 なんてあり得ません。「ラ・ヴェール嬢」 が如何なる意図をもって書かれたのかなんて、私にはまるでわかりません。

それらに対して、「曲芸と野球」 や 「イービーのかなわぬ望み」、「パラソルチョコレート」 なんかは比較的書きたい主体がわかりやすくて、私でも安心して読むことができます。但し、そこから何か教訓めいたものを無理やり見つけ出そうとするような読み方は、あまり上品な読み方ではないのでしょう。小川洋子さんには、そう言われるような気がします。

(村田喜代子の) 解説に書いてあるのですが、一番好きな本は何かと問われたとき、彼女は、好きな本は答えようがないけれど一番好きな題名の本ならすぐに答えられると言い、ジョン・マグレガーの 『奇跡も語るものがいなければ』 という本を挙げたそうです。

登場人物の一人が一斉に飛び立つ鳩の群れを指して、鳥同士がぶつからないのを見たかい、と娘に言います。こういうことは気をつけていないと気づかずに終わってしまう、特別なことなのだと教えます。奇跡も語るものがいなければ、どうしてそれを奇跡と呼ぶことができるだろうと。

彼女は、この本の背表紙を見るたびに、小説を書く意味を、誰かが耳元でささやいてくれているような気分になれると言い、改めて小説を書こうと強く決意すると。鳥が一羽もぶつからずに飛び立ってゆく奇跡を書き記し、題名をつけて保存するのが自分の役割だと強く思うのでした。

『夜明けの縁をさ迷う人々』は、9編の物語が収められた短編集です。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆小川 洋子
1962年岡山県岡山市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。

作品 「揚羽蝶が壊れる時」「妊娠カレンダー」「博士の愛した数式」「ブラフマンの埋葬」「海」「ミーナの行進」「ことり」他多数

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『Mの女』(浦賀和宏)_書評という名の読書感想文

『Mの女』浦賀 和宏 幻冬舎文庫 2017年10月10日初版 ミステリ作家の冴子は、友人・亜美から

記事を読む

『百舌の叫ぶ夜』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『百舌の叫ぶ夜』 逢坂 剛 集英社 1986年2月25日第一刷 「百舌シリーズ」第一作。(テレビ

記事を読む

『世にも奇妙な君物語』(朝井リョウ)_書評という名の読書感想文

『世にも奇妙な君物語』朝井 リョウ 講談社文庫 2018年11月15日第一刷 彼は子

記事を読む

『夜また夜の深い夜』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『夜また夜の深い夜』桐野 夏生 幻冬舎 2014年10月10日第一刷 桐野夏生の新刊。帯には

記事を読む

『太陽は気を失う』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文

『太陽は気を失う』乙川 優三郎 文芸春秋 2015年7月5日第一刷 人は(多かれ少なかれ)こんな

記事を読む

『死神の浮力』(伊坂幸太郎)_書評という名の読書感想文

『死神の浮力』伊坂 幸太郎 文春文庫 2025年2月10日 新装版第1刷 累計150万部大人

記事を読む

『かか』(宇佐見りん)_書評という名の読書感想文

『かか』宇佐見 りん 河出書房新社 2019年11月30日初版 19歳の浪人生うー

記事を読む

『ぼっけえ、きょうてえ』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『ぼっけえ、きょうてえ』岩井 志麻子 角川書店 1999年10月30日初版 連日、うだるような暑

記事を読む

『1ミリの後悔もない、はずがない』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『1ミリの後悔もない、はずがない』一木 けい 新潮文庫 2020年6月1日発行 「

記事を読む

『文身』(岩井圭也)_書評という名の読書感想文

『文身』岩井 圭也 祥伝社文庫 2023年3月20日初版第1刷発行 この小説に書か

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『天使のにもつ』(いとうみく)_書評という名の読書感想文

『天使のにもつ』いとう みく 双葉文庫 2025年3月15日 第1刷

『救われてんじゃねえよ』(上村裕香)_書評という名の読書感想文

『救われてんじゃねえよ』上村 裕香 新潮社 2025年4月15日 発

『我らが少女A (上下)』 (高村薫)_書評という名の読書感想文

『我らが少女A (上下)』高村 薫 毎日文庫 2025年5月10日

『黒猫亭事件』(横溝正史)_書評という名の読書感想文

『黒猫亭事件』横溝 正史 角川文庫 2024年11月15日 3版発行

『一心同体だった』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『一心同体だった』山内 マリコ 集英社文庫 2025年4月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑