『ベッドタイムアイズ』(山田詠美)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2017/01/22
『ベッドタイムアイズ』(山田詠美), 作家別(や行), 山田詠美, 書評(は行)
『ベッドタイムアイズ』山田 詠美 河出書房新社 1985年11月25日初版
2 sweet + 2 be =4 gotten( Too sweet to be forgotten 忘れ去られるには甘過ぎる)
たまには、日本人離れした too sweet な小説を読んでみるのはいかがですか?
山田詠美のデビュー作であり、文藝賞受賞作品です。
単行本の巻末には、4名の選者の選後評の一部が掲載されています。選者は、江藤淳、野間宏、河野多恵子、小島信夫。若い方ならいざ知らず、私のような年代の人間には錚々たるメンバーです。しかもその人たちが全員声を揃えて、この小説を激賞しているのです。
河野多恵子は、「文学はよき変革期に入ろうとしているのかも知れない。」とまで書いています。人工飼育された魚や鶏のように肥大した作品群のなかで、懸命に尾鰭を振って渦潮を突っ切ろうとする鯛や、放し飼いで地面を爪痕だらけにする鶏を思わせると言うのです。
その肉には、少しの無駄もない-すべての文章が完全に機能している、と結んでいます。小島信夫の文章は、氏らしく簡潔で明瞭です。「書くべきことがハッキリしているし、むだもない。汚くもない。鮮烈というべきか。」
江藤淳と小島信夫は、ノーベル賞作家・大江健三郎の『飼育』を引合いに出して、『ベッドタイムアイズ』が鮮やかさで『飼育』を圧倒し、その頃既に27、8年前の小説になっていた『飼育』が、童話とも抒情的散文詩ともつかないものに感じられると書いているのです。
この小説は、米国駐軍相手のクラブで歌手をしている若い日本人女性キムと、横須賀の基地から脱走した黒人兵スプーンとの刹那の同棲生活を描いています。スプーンはキムをかわいがるのがとても上手ですが、それは彼女の体であって、決して心ではありません。
スプーンは、彼の呼び名です。スプーンは、ポケットの中にいつも〈銀の匙〉を入れて持ち歩いています。幸福に恵まれた子供のことを「銀の匙をくわえて生まれてきた」という言い方に倣って、親しみと嘲りの気持ちをこめて、人々は彼のことをそう呼んでいます。
当然ですが、小説では二人のセックスシーンが数多く描かれます。おそらくそれまでは書かれたことがない、直截的な単語がごく自然に使われているのですが、これも発売当初は大きな衝撃だったと思います。
彼の《ディック》に対して、赤味のある白人のいやらしい《コック》。日本人のたよりない《プッシー》。《ファック》に《ビッチ》に《マスタベイト》。ある人はこれらの言葉だけで拒絶反応を示すのでしょうが、じつは下品でも卑猥でもありません。
「いつでもよ」にはエニタイム、「あんたの肌はまるで黒檀ね」の黒檀はエボニー、「雨の音を聴きなよ」はリスントウザレイン」・・・、普通の訳ですが、二人の会話はカタカナ表記で読む方がはるかにピタリとくるのです。
それにしても驚異なのは、初版から30年後の現在でもこの小説がまったく古くなっていないことです。時代背景の描写がないこともあるでしょうが、内容は今でも新鮮で、全く予備知識がない人に最近出た本ですよと差し出しても、たぶん信じると思いますよ。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆山田 詠美
1959年東京都板橋区生まれ。
明治大学日本文学科中退。
作品 「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」「僕は勉強ができない」「風葬の教室」「トラッシュ」「アニマルロジック」「A2Z」「風味絶佳」「学問」「放課後の音符」「熱血ポンちゃんシリーズ」他多数
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