『むらさきのスカートの女』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『むらさきのスカートの女』今村 夏子 朝日新聞出版 2019年6月20日第1刷

近所に住む 「むらさきのスカートの女」 と呼ばれる女性のことが、気になって仕方のない 〈わたし〉 は、彼女と 「ともだち」 になるために、自分と同じ職場で働きだすように誘導し、その生活を観察し続ける。狂気と紙一重の滑稽さ。変わりえぬ日常。〈わたし〉 が望むものとは? (朝日新聞出版)

たぶん、最初誰もが思うのは - これは一体、何を読まされているのだろうと。言いたいことは何なのだろうと。

うちの近所にむらさきのスカートの女 と呼ばれている人がいる。いつもむらさき色のスカートを穿いているのでそう呼ばれているのだ。(P3/物語の冒頭)

その人物のことが気になって仕方ないもう一人の人物がいる。それが、〈わたし〉 だ。

遠くからだと中学生くらいに見えなくもない。でも、近くでよく見ると、決して若くはないことがわかる。頬のあたりにシミがぽつぽつと浮き出ているし、肩まで伸びた黒髪はツヤがなくてパサパサしている。

彼女は一週間に一度くらいの割合で、商店街のパン屋にクリームパンを買いに行く。わたしはいつも、パンを選ぶふりをしてむらさきのスカートの女の容姿を観察している。観察するたびに誰かに似ているなと思う。誰だろう。(P3.4)

最初わたしは、むらさきのスカートの女はわたしの姉に似ていると思う。もちろん別人で顔も全然違うのだが、一人で公園のベンチに座り、パン屋で買ったクリームパンを食べる様子がそっくりなのだ。

なかのクリームがこぼれ落ちないように、左手を受け皿のようにして食べていた。アーモンドの飾りが付いた部分は少しの間眺めてから口に入れ、最後のひと口は名残惜しそうに、特に時間をかけて噛んでいた。(P4)

その姿を見たわたしは、むらさきのスカートの女みたいに、姉も最後のひと口に時間をかけるタイプだったと思い出す。そういえば、姉が一番好きな食べものはプリンだったと。

むらさきのスカートの女がわたしの姉に似ている気がするということは、むらさきのスカートの女は、妹のわたしにも似ているということになるのだろうか。ならないか。共通点なら、無いこともないのだ。あちらが 「むらさきのスカートの女」 なら、こちらはさしずめ 「黄色いカーディガンの女」 といったところだ。

残念ながら 「黄色いカーディガンの女」 は、「むらさきのスカートの女」 と違って、その存在を知られていない。「黄色いカーディガンの女」 が商店街を歩いたところで、誰も気にも留めないが、これが 「むらさきのスカートの女」 となると、そうはいかない。(P5)

わたしは、むらさきのスカートの女はわたしの姉に似ていると思ったが、やっぱり違うと思い直す。わたしの小学校時代の友達、めいちゃんに似ていると思い付く。

まぶたの形状だけで言うなら、むらさきのスカートの女はわたしの中学時代の同級生、有島さんに似ていなくもない。そういえば、ワイドショーのコメンテーターにもむらさきのスカートの女に似ている人がいる、とも思う。

違う。思い出した。今度こそわかった。むらさきのスカートの女は前に住んでいた町のスーパーのレジの女の人に似ているんだった。(後略) つい最近、隣町の図書館に行ったついでに懐かしのスーパーをこっそり外から覗いてみた。相変わらずその人はレジに立っていた。制服のバッジが一個増えていて、とても元気そうだった。

つまり、何が言いたいのかというと、わたしはもうずいぶん長いこと、むらさきのスカートの女と友達になりたいと思っている。(P13)

※この先に続く展開に目が離せなくなります。あたかも誰かをつけ狙うストーカーのように、〈わたし〉 は、むらさきのスカートの女の一切を “観察” するようになります。より観察し易くするために、自分と同じ職場で働くように誘導し、まんまとそれに成功します。

すでにお気付きだとは思いますが、この小説は “むらさきのスカートの女” の話とみせかけて、実はもう一人の “黄色いカーディガンの女” = 〈わたし〉 が描く他者の姿、〈わたし〉 が見た世界の在りようが綴られています。それを 「狂気と紙一重」 と見るかどうかは畢竟、あなた次第です。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆今村 夏子
1980年広島県広島市生まれ。

作品 「こちらあみ子」「あひる」「星の子」「父と私の桜尾通り商店街」等

関連記事

『ホワイトラビット』(伊坂幸太郎)_書評という名の読書感想文

『ホワイトラビット』伊坂 幸太郎 新潮文庫 2020年7月1日発行 兎田孝則は焦っ

記事を読む

『クジラの彼』(有川浩)_書評という名の読書感想文

『クジラの彼』有川 浩 角川文庫 2010年6月25日初版 有川浩の作品群の内訳からいうと「

記事を読む

『夕映え天使』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『夕映え天使』浅田 次郎 新潮文庫 2021年12月25日20刷 泣かせの浅田次郎

記事を読む

『噂の女』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『噂の女』奥田 英朗 新潮文庫 2015年6月1日発行 糸井美幸は、噂の女 - 彼女は手練手

記事を読む

『ハンチバック』(市川沙央)_書評という名の読書感想文

『ハンチバック』市川 沙央 文藝春秋 2023年7月25日第5刷発行 【第169回

記事を読む

『まぐだら屋のマリア』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『まぐだら屋のマリア』原田 マハ 幻冬舎文庫 2014年2月10日初版 〈尽果〉バス停近くの定

記事を読む

『盲目的な恋と友情』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『盲目的な恋と友情』辻村 深月 新潮文庫 2022年12月5日9刷 これがウワサの

記事を読む

『Mの女』(浦賀和宏)_書評という名の読書感想文

『Mの女』浦賀 和宏 幻冬舎文庫 2017年10月10日初版 ミステリ作家の冴子は、友人・亜美から

記事を読む

『ミート・ザ・ビート』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『ミート・ザ・ビート』羽田 圭介 文春文庫 2015年9月10日第一刷 東京から電車で約1時間

記事を読む

『六番目の小夜子』(恩田陸)_書評という名の読書感想文

『六番目の小夜子』恩田 陸 新潮文庫 2001年2月1日発行 津村沙世子 - とある地方の高校にや

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑