『ぼっけえ、きょうてえ』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文
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『ぼっけえ、きょうてえ』(岩井志麻子), 作家別(あ行), 岩井志麻子, 書評(は行)
『ぼっけえ、きょうてえ』岩井 志麻子 角川書店 1999年10月30日初版
連日、うだるような暑さが続いています。天気のせいにするわけではありませんが、ちょっと毛色の変わった本が読みたくなってあれこれ書棚を漁っていたら、以前よく読んだホラー小説が目に留まりました。
これは夏場にもってこいだと考えて、とりあえず目に付くものを何冊か抜き出しました。その中の一冊がこの前書いた堀井拓馬の『なまづま』です。そのとなりにあったのが飴村行の『粘膜人間』で、そのまたとなりが岩井志麻子の『ぼっけえ、きょうてえ』でした。
最初、飴村行の『粘膜人間』についてきっちり一つの記事にしようと読み始めたのですが、どうもこれがいけません。読むと怖さよりもグロさばかりが際立って、何と言いましょうか、読んでる自分がえらく下品で低俗極まりない人間に思えてくるのです。
(女性の方には大変失礼なことですが)ここは正直に書きますと、昔々私がとても若かった頃、巷には「ビニ本」という低級なエロ写真雑誌が自販機で堂々と売られていた時期がありました。頭の中には「そのこと」が、ギンギンに詰まっていた頃の話です。
人目がないのを確かめながら、やっとの思いで手に入れるのですが、当時の本の出来というのは今とは大違いで、モデルは見るからに野暮で素人みたく、決して若くはありません。そんなモデルがいかにもあざとく肢体をくねらせて、誘うように私を見つめています。
「厳選」したつもりの本に大概は失望し、また損をしたと嘆きます。そして、そんな「ビニ本」をしがみつくようにして眺めている自分という人間が、死ぬほど惨めに思えてきます。ただ、惨めにはなるのですが、それで本を棄てるのかと言うとそうではありません。
さらに情けない話で、どうにもくだらない下品の極致のような代物なのですが、それ故に、そこにはまた厳然と、棄てるに棄てられない魔力のようなものがあるのです。長くなりましたが、、飴村行の『粘膜人間』という小説は、例えて言うとそんな小説です。
・・・・・・・・・・
それでは、岩井志麻子の『ぼっけえ、きょうてえ』の話。
- 教えたら旦那さんはほんまに寝られんようになる。・・・この先ずっとな。時は明治。岡山の遊郭で醜い女郎が寝つかれぬ客にぽつり、ぽつりと語り始めた身の上話。残酷で孤独な彼女の人生には、ある秘密が隠されていた・・・。
岡山の地方の方言で「とても、怖い」という意の表題作のほか三篇。文学界に新境地を切り拓き、日本ホラー小説大賞、山本周五郎賞を受賞した怪奇文学の新古典。(「BOOK」データベースより)
飴村行の『粘膜人間』が第15回、堀井拓馬の『なまづま』が第18回の日本ホラー小説大賞長編賞で、この岩井志麻子の『ぼっけえ、きょうてえ』は第6回の大賞受賞作品です。先の二人にとって、岩井志麻子は大先輩にあたるわけです。
何より『ぼっけえ、きょうてえ』が短編であるにもかかわらず大賞を受賞していること、同時に山本周五郎賞も受賞している作品であることは、特筆しておくべきことだと思います。単におどろおどろしいだけでなく、高い文学性を持ったホラー小説なのです。
初めて読む方は、とっかかりがちょっとしんどいかも知れません。何しろ全編が岡山弁の語りですから、慣れるまでは読みやすいとは言えません。
しかし、次第にその語りのリズムに慣れてくると、いつしか心は時を遡り、気付けばはるか明治の時代へと景色は色を変えています。
岡山と言えども北のさらに北、中国山脈のどん詰まりにあるという小さな村。その村一番の貧乏家に生まれた憐れな妾(わたし)の身の上話。夢だと思って、どうか聞いてやってください。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆岩井 志麻子
1964年岡山県和気郡和気町生まれ。
岡山県立和気閑谷高等学校商業科卒業。
作品 「夜啼きの森」「岡山女」「自由戀愛」「現代百物語」シリーズ 他多数
◆飴村 行
1969年福島県生まれ。
東京歯科大学中退。
作品 「粘膜人間」で第15回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞。他に「粘膜蜥蜴」「粘膜兄妹」「爛れた闇」「粘膜戦士」「路地裏のヒミコ」「ジムグリ」など
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