『アルマジロの手/宇能鴻一郎傑作短編集』(宇能鴻一郎)_書評という名の読書感想文

『アルマジロの手/宇能鴻一郎傑作短編集』宇能 鴻一郎 新潮文庫 2024年1月1日 発行

ただならぬ陶酔がここにある。姫君を喰う話に続く傑作!

異様な危うさを孕む表題作の他、月と鮟鱇男」 「魔楽など、官能の極みと人間の源を短編に昇華させた七編。

彼は 「手が・・・・・・・アルマジロの手が」 というばかりだったのです - 。不気味な緊張感を孕む怪奇な作品 「アルマジロの手」、美しい姫君に恋をした狸の哀切 「心中狸」、むさぼり喰らう快楽にとり憑かれた男の無上の幸福 「月と鮟鱇男」 の他、「海亀祭の夜」 「蓮根ボーイ」 「鰻池のナルシス」、そして甘美な爛熟世界に堕ちた男を描く傑作 「魔楽」 を収録。官能の深みと生の哀しみを短編に昇華させた七編。(新潮文庫)

七つの話どれもが面白い。これは間違いありません。官能の極みを描いたものがあり、それとは一味違う、“常ならざるもの“ の妖しさを生々しく描き出したものがあります。一話一話が饒舌で、続けて読むと頭がくらくらします。

冒頭からの二作品の紹介をしましょう。

七編を収録した本作は、どちらかというと官能の色が濃かった従来の短編集とは違い、作品ごとに色合いが様々に変化する宇能文学の万華鏡のごとき特質が表現されている。

表題作の 「アルマジロの手」 と 「心中狸」 は、芥川賞受賞の記者会見で、「学者と作家の両方になりたい」 と語っていた氏の文化人類学や民間伝承への関心を示す作品だ。中南米のメキシコへの旅を舞台にした 「アルマジロの手」 では、追いつめられると、相手を抱きしめ、窒息させてしまう珍獣の生態と女の男に対する愛の宿命を重ねつつ、日本人男性に恋した情熱的なメキシコ人女性の悲劇を描く。

「心中狸」 も、阿波の国に伝わる狸伝説をもとにした語りは学究的だが、そこからの展開では宇能節が炸裂する。嫌われていることは承知しながらも、気位の高い姫君に惚れた狸が、女中に化けて、姫の下のお世話まですることに気の遠くなるほどの悦びを感じるさまが、匂やかに、手触り、舌触りのいい文章でつづられる。

厠でかしずく様子は、こんなふうに美しく始まる。「卵をむいたようなそのお尻の、何とまあ可愛らしく、神々しいばかりに美しかったことでござりましょう」 (続きは本編で/解説より)

微に入り細に入り、描写は続きます。こちらがどうにかなりそうな、狸の、姫君に対するあまりに狂おしく献身的な “奉仕“ のさまは、やがて姫君の、狸に向けた恋情へと変化します。結果、狸が、自分が狸であることを忘れてしまうのは、そんな日々の少し先、思わぬライバルの出現によるものでした。

結論。

本作は一気には読まず、一作一作、噛みしめ、じっくりと味わうことをおすすめする。そうすれば、宇能文学の毒は媚薬にも変わるでしょう。(同解説より)

この本を読んでみてください係数 85/100

◆宇能 鴻一郎
1934年北海道札幌市生まれ。
東京大学文学部国文学科卒業後、同大学院博士課程中退。

作品 「逸楽」「血の聖壇」「痺楽」「べろべろの、母ちゃんは・・・・・・・」「むちむちぷりん」「夢十夜 双面神ヤヌスの谷崎・三島変化」他多数

関連記事

『オールド・テロリスト』(村上龍)_書評という名の読書感想文

『オールド・テロリスト』村上 龍 文春文庫 2018年1月10日第一刷 「満州国の人間」を名乗る老

記事を読む

『逆ソクラテス』(伊坂幸太郎)_書評という名の読書感想文

『逆ソクラテス』伊坂 幸太郎 集英社文庫 2023年6月25日第1刷 僕たちは、逆

記事を読む

『肝、焼ける』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『肝、焼ける』朝倉 かすみ 講談社文庫 2009年5月15日第1刷 31歳になった

記事を読む

『貴婦人Aの蘇生』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『貴婦人Aの蘇生』小川 洋子 朝日文庫 2005年12月30日第一刷 北極グマの剥製に顔をつっこん

記事を読む

『永遠の1/2 』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『永遠の1/2 』佐藤 正午 小学館文庫 2016年10月11日初版 失業したとたんにツキがまわっ

記事を読む

『裏アカ』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『裏アカ』大石 圭 徳間文庫 2020年5月15日初刷 青山のアパレルショップ店長

記事を読む

『夫の墓には入りません』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『夫の墓には入りません』垣谷 美雨 中公文庫 2019年1月25日初版 どうして悲し

記事を読む

『日輪の遺産/新装版』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『日輪の遺産/新装版』浅田 次郎 講談社文庫 2021年10月15日第1刷 これこ

記事を読む

『五つ数えれば三日月が』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

『五つ数えれば三日月が』李 琴峰 文藝春秋 2019年7月30日第1刷 日本で働く

記事を読む

『スモールワールズ』(一穂ミチ)_書評という名の読書感想文

『スモールワールズ』一穂 ミチ 講談社文庫 2023年10月13日 第1刷発行 2022年本

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『エンド・オブ・ライフ』(佐々涼子)_書評という名の読書感想文

『エンド・オブ・ライフ』佐々 涼子 集英社文庫 2024年4月25日

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』(清武英利)_書評という名の読書感想文

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』清武 英利 

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑