『インドラネット』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『インドラネット』桐野 夏生 角川文庫 2024年7月25日 初版発行

闇のその奥へと誘う現代の黙示録」 絶望と希望が最後の1ページまで反転し続ける、スリルに満ちあふれた桐野文学の到達点!

あいつは死んだのか。それとも俺から逃げているのか。見るもの、聞くこと、すべて信頼できない人捜し

平凡な顔、運動神経は鈍く、勉強も得意ではない - 何の取り柄もない八目晃は、非正規雇用でゲームしか夢中になれない無為な生活を送っていた。唯一の誇りは、高校時代のカリスマ、野々宮空知とその美貌の姉妹と家族ぐるみで親しくしたこと。だが野々宮家の父親の葬儀で、空知はカンボジアで消息を絶ったと聞かされる。空知を捜しに東南アジアの混沌の中に飛び込むが、そこで待っていたのは、彼らの凄絶な過去だった・・・・・・・。(角川文庫)

この人 (著者) らしくない書き出しに、やや戸惑うかもしれません。あまりに頼りない主人公に、先の展開が読みづらくもあります。でも、大丈夫。(あたりまえですが) それは意図してなされたことで、行き着く先を信じて読んでください。(但し、それが “為になる“ かどうかはわかりません)

桐野夏生さんはデビュー以来、一貫して人間のダークな側面を描いてきた。本書もそうであるが、冒頭からいつもの桐野作品とちがう異様な不安感が漂っている。

主人公の八目晃 (やつめ・あきら) がどうしようもない人間だからだ。勉強も運動も苦手で、人間関係をうまく作れず、容姿も平凡。目先の利益にすぐ引き寄せられ、プライドだけは高い。(以下略)

いっぽう、八目の高校時代の親友である野々宮空知 (ののみや・そらち) は彼とは真逆。背は高く、モデルのような顔立ちで、運動も学業も抜群。なぜか空知は八目と仲良くしてくれた。ただ、彼は大学時代に疎遠になり、いつの間にか日本から姿を消してしまった。八目は二十代半ばになった今でもかつて仲良くしてくれた空知を心の支えにしており、彼とその姉妹 (こちらも美女) の自称 “関係者“ から 「空知を捜してほしい」 と依頼されて、女性問題で居づらくなった会社をやめ、その怪しい関係者から旅費をもらってカンボジアに出かける。

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- ところが、八目の場合は、持っている能力のほぼすべてが基準値以下なのだ。見るべきものを見ず、訊くべきことを訊かず、やるべきことをやらず、考えるべきことを考えない。

だから所持金を呆気なく失ってしまうし、クレジットカードの暗証番号を覚えていないからキャッシングもできず、日本の両親に送金を頼めばいいものをなぜか八目自身が 「怪しい」 と思っている周囲の人間たちに頼ろうとする。判断がことごとく間違っているのだ。いわば 「能力が信頼できない語り手」 である。行ってはいけない方向に行ってしまい、物語は小説の定石を外れて転がっていく。

こんな奴に付き合うのはご免なのだが、著者のストーリーテリングは抜群だから、途中で読むことをやめられない。空知とその姉妹は一体何者なのか、どこで何をしているのか知りたくてたまらない。私たち読者もダメな主人公のあとをついて、闇の世界に引きずり込まれていくしかないのである。(解説より)

※最終盤、八目は見違えるように “しっかりした“ 人間に変貌を遂げます。ところが、つかの間 「時すでに遅し」 と思わせるのですが、次の瞬間、驚きの展開が待ち受けています。粘り強く読んでください。そしてその瞬間を、ぜひとも味わってください。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆桐野 夏生
1951年石川県金沢市生まれ。
成蹊大学法学部卒業。

作品 「OUT」「グロテスク」「錆びる心」「夜また夜の深い夜」「奴隷小説」「バラカ」「猿の見る夢」「夜の谷を行く」「路上のX」「日没」「砂に埋もれる犬」「燕は戻ってこない」他多数

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