『彼岸花が咲く島』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

『彼岸花が咲く島』李 琴峰 文春文庫 2024年7月10日 第1刷

第165回芥川賞受賞作

少女が流れ着いた島ではニホン語女語 (じょご)〉、二つの言語が話されていた - 国籍・言葉・性別の境界線を問い直す問題作

彼岸花が咲き乱れる砂浜に流れ着いた少女は、宇実 (ウミ) と名付けられる。その島では二つの言語が話され、「ノロ」 と呼ばれる女性に統治されていた。宇実は同じ年ごろの游̪娜 (ヨナ)、その幼なじみの拓慈 (タツ) と共に過ごすうち、島の深い歴史に導かれていく - 。言語・性別などの既存の境界線を問い直す世界を描いた、芥川賞受賞作。解説・倉本さおり (文春文庫)

六十年余り生きてみて、あらためてこれまでのことを考えました。私は私の人生を振り返り、いまさらに、取り返しのつかない 「錯覚」 をしたまま生きてきたような気がしています。疑いもなくしてきたことの多くが間違いで、今もそれに気づけずにいる - そんな忸怩たる思いでいます。

たとえば、社会における 「男女の格差」 についてはどうでしょう。「そうであること」 があたり前だと思いしてきた多くのことは、実は (社会を牛耳る) 男性側の傲慢かつ一方的な決めつけや思い込みで、女性側からすれば (繰り返し主張するも無駄で空しく面倒になり) 致し方なく従ってはいるものの、内に抗い反発する気持ちがなかったはずがありません。

そしてそれは、社会=日本という国が挙って 「そう仕向けてきた」 結果で、慣らされて、感覚が麻痺した 「私のような」 大人が (相も変わらず) 大勢いるのではないかと。そんなことを考えました。

本作の幕開けの会話は、居心地のわるい、収まりのつかない不穏な気配に満ちている。美しくも禍々しい彼岸花が一面に咲き乱れる砂浜に、白いワンピースを着た傷だらけの少女が漂着する。どうやら記憶を失っているらしい。「ここ、どこ?」 「なんでわたしはここにいるの? 」。恐怖に駆られて質問を繰り返す少女に、格子柄の着物を着た地元の娘・游̪娜が勢いよく答える。「ここは 〈島〉 ヤー! 」 「リー、海の向こうより来 (ライ) したダー ! 」- 微妙に通じ合わない言語の応酬に、少女といっしょに私たち読者も頭を抱えることになる。

それでも、もどかしい読書はそう長くは続かないから安心してほしい。〈島〉 には游̪娜たち島民がふだん使っている 〈ニホン語〉 以外にも、女たちだけに習得が許された特別な言葉である 〈女語〉 が存在するらしく、ほどなくして少女は游̪娜とおおまかな意思疎通ができるようになる。なぜなら、少女の話す 〈ひのもとことば〉 と島の 〈女語〉 はかなり似ていることが - それどころか文法的にはほぼ同じであることがわかってくるからだ。

彼岸花の群生にはじまり、ガジュマルや蒲葵 (ビロウ)、命そのもののエネルギーを内側から押し出すように鬱蒼と生い茂る亜熱帯の植物たち。牛や豚、山羊や馬が飼育されている牧場に、米、芋、砂糖黍が植えられる田んぼ。

であいがしらの混乱を乗り越え、読者のピントがすこしずつこの物語に合うようになる過程で輪郭を濃やかに際立たせていくのは、〈島〉 の生態の豊穣なありようだ。台湾と日本の間にある島 - 与那国島をモデルに描かれたという作中の舞台は、生きるということの営みが精緻に彩られ、細部にわたって根を張り巡らせている。

そこにあるのは記号的な 「楽園」 ではない。だからこそ 〈島〉 独自の風習やルールの存在がなまなましくたちあがってくる。(解説より)

※日本が 「思ったほどいい国ではない」 と実感したのは、いつ頃だったのか。少なくとも若い間は 「日本に生まれてよかった」 と思っていました。ところが、歳を取り、社会の嫌なところが目につきだして、日本以外の国の暮らしぶりを見るにつけ、自分がいかに 「偏見に満ちた国」 で暮らしているかを識りました。

男性であるだけで、男性はいかに横暴だったのか。女性であるだけで、女性はいかに卑屈であらねばならなかったのか。そんな状況を思うと、「どこがいい国なんだ」 と思わざるをえません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆李 琴峰(り・ことみ)
1989年台湾生まれ。
2013年来日、早稲田大学大学院修士課程入学。

作品  「独り舞」「五つ数えれば三日月が」「ポラリスが降り注ぐ夜」「星月夜」「生を祝う」など

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