『植物少女』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『植物少女』朝比奈 秋 朝日文庫 2025年8月30日 第1刷発行

第36回三島由紀夫賞受賞作

生まれてからずっと、意思疎通できないまま親子であることとは。それを越えてなお、生きるとは何かを問う、真摯な物語。

自身を産んだ際に植物状態となった母親に会いに病院へ通う美桜。意思疎通できないまま、大人へと成長していくなかで、次第に親子の関係性も変化していき - 唯一無二の母と娘のありようを描く静かな衝撃作。第36回三島由紀夫賞受賞作。(朝日文庫)

私の父は七十七歳で亡くなりました。最初は軽度の脳内出血で入院し、一度は退院したものの、およそ一年半後に今度は脳梗塞を発症したのが致命的で、それから亡くなるまでの二年と四ヶ月の間、二つの病院と一つの施設でお世話になりました。

最初は話ができたのですが、そのうちそれも叶わなくなり、意識があるのかないのかわからぬままに、ただ 「眠るように」 生きていました。最低限の身体機能だけを残し、話すことも動くこともできません。食事は流動食で、静かに時間だけが過ぎていきます。私も家内も見舞いには行くものの、何をしても言っても反応がないのにやり場をなくし、紙おむつの残りだけを確かめて、早々に病室を後にするのが常となりました。

父はその間、「生きていた」 と言えるのでしょうか。私や家内が来ていることに気付いていたのでしょうか。たとえ無意味であったとしても、何かすることがあったのではないか・・・・・・・。この小説を読むと、あの頃、手さえ握ろうとしなかった自分が、美桜の何倍も薄情に思えてなりません。

- では、(美桜の母) 深雪の生を生であると肯定してくれる社会はどこにあるか。それは病院であり、とりわけ彼女が二十五年間にわたって入院しつづける、植物状態の患者の集まる離れの病室である。

病院とは不思議な空間だ。それは人の生から死までを包みこむ、近代の生政治的な空間であり、そのかぎりにおいて 「社会」 そのものである。そして、深雪が 「暮らす」 病棟は、彼女のような人間が人間として生きるための社会を、アジールを与える。(※アジール:歴史的・社会的な概念で、「聖域」 「自由領域」 「避難所」 「無縁所」 などとも呼ばれる特殊なエリアのこと)

このアジールを表現する珠玉の場面が、遠藤先生が空いているベッドで仮眠を取り、その寝息が植物人間たちの呼吸とおだやかにまじりあっていく場面である。(※本文52ページから53ページにかけての部分。あえてここには書きません。ぜひご自身で確認ください)

奇跡のような場面である。呼吸を描く文章が伸びやかに呼吸をしている。美桜はやがて、この呼吸こそが母の生であると悟る。そしておそらく、みずからの生の根底にもこの呼吸があるのだとも悟る。そのような生を可能にする社会そしてアジールとしての病室。このような瞬間を提示し得たというだけで、この作品は長く読み継がれるに値すると思うのだ。(解説より/河野真太郎・専修大学教授)

※植物状態になってからの深雪の二十五年。深雪の夫の二十五年。そして一人娘の美桜の二十五年。「生きる」 とは。「生きていること」 とは、一体・・・・・・・? 呼吸!? 呼吸している・・・・・・・いまこの瞬間をとらまえて、そう言うのでしょうか。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆朝比奈 秋
1981年京都府生まれ。小説家、医師。

作品 「私の盲端」「あなたの燃える左手で」「サンショウウオの四十九日」「受け手のいない祈り」 など

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