『ひきなみ』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『ひきなみ』千早 茜 角川文庫 2024年7月25日 初版発行

直木賞作家が全女性へ贈る 自他への肯定と再生の物語 

自分であることを受け入れ、生きていくこと。 孤独な少女が出会った友は脱獄犯と姿を消した。大人になった少女は再び彼女に会いにいく - 。

精神的に不安定な父を支える母と離れ、祖父母の住む島に1人やってきた小6の葉 (よう)。島の子に携帯電話を取り上げられた葉を救ってくれたのは、同じく祖父と暮らす真以 (まい) だった。急速に近づく2人だったが、島に逃亡してきた脱獄犯と共に真以が逃げたことで、葉は裏切られたように感じる。20年後、偶然ウェブ上に真以の写真を見つけた葉は、会いにいくことを決意するが - 現代を生きるすべての女性に贈る物語。解説・桜木紫乃 (角川文庫)

見た目や出自に関する偏見は、往々にして (男性よりも) 女性に厳しく辛辣であるように思えます。男性中心の社会にあって、これまでの間、能力がありながら発揮できずにいた女性がどれほどいたことでしょう。従順なだけが “務め“ であるような、そんな “呪縛“ に逆らえず、歯噛みした女性がどれだけいたことでしょう。

千早茜は人間の痛みを描く筆を持って生まれた小説家だ。記憶という厄介なものと互角に渡り合う筆に、ゆるみも躊躇いもない。ゆえにその筆はとても切れ味が鋭い。物語を斬る筆で、小説家は常に自身を切り刻んで生きている。

ж

本作は二部構成となっており、第一部は 「海」。

物語は、親の都合でしばらく祖父母のいる瀬戸内海のちいさな島へ預けられることになった葉と、祖父と暮らす真以の出会いから始まる。

ともに小学校六年生。東京の気配をまとった葉は、島では異邦人だ。異端の人である真以と、互いの居場所の頼りなさを持ち寄り近づいてゆく。

少女と呼ばれる短い時間は、猛スピードで過ぎてゆく。水しぶきを上げて高速で進んでいるがゆえの、虹の美しさ。本人たちが持つ停滞感や焦燥は、速さが見せる虹だ。生まれては消えてゆくひきなみをゆっくり眺めている余裕もない。

島に潜伏する脱獄犯に近づいてゆく少女ふたり。好奇心に名を借りた 「不安」 が、成長にうずいている。

友に会うために脱獄までした男を利用して、島を出て行った真以。- 少女の行動は、虹のように鮮やかだ。それゆえ、自分が作った美しい虹を見ることもなかった。心頼みにしていた友が何の前触れもなく目の前から姿を消す。それぞれに刻まれたぎざぎざの傷は、うまく縫い合わせることも叶わない。(解説より)

※そして物語は第二部 「陸」 へと続きます。島を出た二人は、時を経て、再び出会うことになります。大人の女性となった二人は、その時、どこで何をしているのでしょう。上手く生きて、暮らせているのでしょうか。それとも - つらく孤独だった幼い日々を、今も引き摺りながら生きているのでしょうか。

この本を読んでみてください係数  85/100

ひきなみ (角川文庫)

◆千早 茜
1979年北海道江別市生まれ。
立命館大学文学部人文総合インスティテュート卒業。

作品 「魚神(いおがみ)」「おとぎのかけら/新釈西洋童話集」「からまる」「桜の首飾り」「あとかた」「男ともだち」「夜に啼く鳥は」「正しい女たち」「しろがねの葉」他多数

関連記事

『琥珀の夏』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『琥珀の夏』辻村 深月 文春文庫 2023年9月10日第1刷 見つかったのは、ミカ

記事を読む

『ブラフマンの埋葬』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『ブラフマンの埋葬』小川 洋子 講談社文庫 2017年10月16日第8刷 読めば読

記事を読む

『パリ行ったことないの』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『パリ行ったことないの』山内 マリコ 集英社文庫 2017年4月25日第一刷 女性たちの憧れの街〈

記事を読む

『崩れる脳を抱きしめて』(知念実希人)_書評という名の読書感想文

『崩れる脳を抱きしめて』知念 実希人 実業之日本社文庫 2020年10月15日初版

記事を読む

『これが私の優しさです』(谷川俊太郎)_書評という名の読書感想文

『これが私の優しさです』谷川 俊太郎 集英社文庫 1993年1月25日第一刷 1952年のデ

記事を読む

『不思議の国の男子』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『不思議の国の男子』羽田 圭介 河出文庫 2011年4月20日初版 年上の彼女を追いかけて、お

記事を読む

『まともな家の子供はいない』津村記久子_書評という名の読書感想文

『まともな家の子供はいない』 津村 記久子 筑摩書房 2011年8月10日初版 小柄で、身に着け

記事を読む

『宰相A』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『宰相A』田中 慎弥 新潮文庫 2017年12月1日発行 揃いの国民服に身を包む金髪碧眼の「日本人

記事を読む

『ポラリスが降り注ぐ夜』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

『ポラリスが降り注ぐ夜』李 琴峰 ちくま文庫 2022年6月10日第1刷 レズビア

記事を読む

『ボクたちはみんな大人になれなかった』(燃え殻)_書評という名の読書感想文

『ボクたちはみんな大人になれなかった』燃え殻 新潮文庫 2018年12月1日発行

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『羆嵐』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『羆嵐』吉村 昭 新潮文庫 2026年12月20日 62刷発行

『妊娠カレンダー』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『妊娠カレンダー』小川 洋子 文春文庫 2020年12月20日 第2

『カフェーの帰り道』(嶋津輝)_書評という名の読書感想文

『カフェーの帰り道』嶋津 輝 東京創元社 2026年1月23日 4版

『きっと君は泣く』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『きっと君は泣く』山本 文緒 角川文庫 2026年1月25日 改版初

『彼女たちが隠したかったこと』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『彼女たちが隠したかったこと』一木 けい 角川文庫 2026年1月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑