『サリン/それぞれの証』(木村晋介)_書評という名の読書感想文

『サリン/それぞれの証』木村 晋介 角川文庫 2025年2月25日 初版発行

地下鉄サリン事件から30年 被害者、死刑囚の母・・・・・・・。膨大な証言を集めた迫真のノンフィクション

サリンは人を殺傷する以外に使い道がありません - 。1995年3月20日午前8時ごろ、宗教団体・オウム真理教によって、都内地下鉄の車両に猛毒ガス・サリンが散布された。苦しみのあまり、もだえる人々で現場は騒然。最終的な死傷者は約6500人にのぼった。警察官、自衛官、医師、そして実行犯の母親たち・・・・・・・。教団と対峙し続けた弁護士が、数多の証言に耳を傾ける。地下鉄サリン事件のリアルを描く、緊迫のノンフィクション! (角川文庫)

(本来なら、被害に遭われた方々やその家族、あるいは救助に関わった様々な人に向けたインタビューなどに関する感想を書くべきですが、本編の後半にある 「もう一つのサリン事件」 が強く印象に残りましたので、その辺りのことを書こうと思います。)

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富士山の裾野に広がる山梨県西八代郡上九一色村 - オウム真理教は、この地区の土地を買い漁り、そこに続けて三十棟の施設を建てたのでした。

オウム真理教では、その施設を 「サティアン」 と呼んだ。サンスクリット語で 「真理」 という意味である。宗教的な建物であれば、それなりの装飾的なものがあってよさそうなものだが、これらの施設は工場としか思えない無機質な建物だった。

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富士宮にある二つのオウム真理教の施設と、上九一色村にある多数の施設は、その建設された順に通し番号で呼ばれていた。富士宮には、第一サティアンと第四サティアンがあり、残りは上九にあった。

問題は上九の第七サティアンとこれに隣接してあった施設 「クシティガルバ棟」 である。クシティガルバというのはオウムの幹部土谷正美に対して麻原が与えたホーリーネームである。

松本サリン事件から十二日がたった七月九日午前一時ごろ、周辺の民家の住人は猛烈な異臭で目を覚ますことになる。住民の一人は、どこから異臭が出ているのか様子を見に外に出る。臭いは第七サティアンのほうから来ていた。第七サティアンに向かっていくと、臭気はますます強まった。(以下略)

通報を聞いて富士吉田署の巡査と保健所員がやってきたのは午前十時過ぎ。このときにはすでに臭いは消えていた。住民から事情を聞いた巡査は、第七サティアンに立ち入って調査をしようとしたが、信者が 「なぜ入るのか」 と言って立ちふさがり、立ち入りを阻止された。

第七サティアンの敷地の裏には硫酸と書かれたポリ袋がむき出しのまま、第十一サティアンの敷地の裏には苛性ソーダの空き袋が何袋か、どちらも放置されていた。

異臭事件は十五日にも起きた。今度は午後八時ごろ。同じような猛烈な臭いである。

今度はすぐに二人の巡査が富士吉田署から駆けつけた。住民十数人と警官とで臭いがどこから来るのかを確認したが、やはり、第七サティアンに近づくにつれ、異臭が強まった。(本文より)

この 「異臭」 の元となる物質が 「サリン」 と報道されたのは1995年1月1日、読売新聞紙上でのことでした。「山梨の山ろくでサリン残留物を検出」 「『松本事件』 直後、関連解明急ぐ」 大スクープでした。

13の犯罪のうち、オウム真理教三大事件と呼ばれているものを時系列で紹介すると、

坂本弁護士一家殺害事件 発生日:1989年11月4日 「教団による被害を訴えるオウム真理教被害者の会を支援していた弁護士とその妻子を殺害した事件」

松本サリン事件 発生日:1994年6月27日 「松本サリン事件は、地下鉄サリン事件の約九か月前に発生している。そのときこれがオウムによるものだ、と見通せた人はほとんどいなかった。しかし、捜査機関にはそれが可能だった。警察の目をくもらせたものは、自らの実にずさんな見込み捜査だった。」

地下鉄サリン事件 発生日:1995年3月20日 「地下鉄の三線五車両内でサリンを発散させ、最終的に乗客・乗員十四人を殺害し、六千五百人近くに傷害を負わせた事件」  

となります。「松本サリン事件」 の発生から 「地下鉄サリン事件」 の発生に至るまでの約9ヶ月、警察が何もしていなかったとは言いません。ただ、これまでにない、途方もない大惨事を予見できなかったことがあまりに残念で、およそ見当違いの見込み捜査にしがみつこうとするあまりな愚かさに言葉をなくします。優秀な警察官僚の、何がそうさせたのでしょう。

そして十一月、ついに上九一色村の異臭事件の原因物質がサリンであることが科警研の報告で明らかになる。ここが最後のチャンスだった。 (本文)

だが、しかし、それでも警察庁は動きません。サリンが 「人を殺傷する以外に何の用途もない毒ガス」 であると知りながら、何が捜査の邪魔をしたのか。誤った捜査に最後まで拘った理由がわかりません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆木村 晋介
1945年長崎県長崎市生まれ。中央大学法学部卒業。弁護士。エッセイスト。

大学在学中は、作家の椎名誠らと同じ下宿で共同生活を送る。70年弁護士登録。著書に 『遺言状を書いてみる』 『キムラ弁護士、小説と闘う』 『九条の何を残すのか 憲法学会のオーソリティーを疑う』、監修書に 『激論! 「裁判員」 問題』 などがある。

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