『朝が来る』(辻村深月)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/10
『朝が来る』(辻村深月), 作家別(た行), 書評(あ行), 辻村深月
『朝が来る』辻村 深月 文春文庫 2018年9月10日第一刷

長く辛い不妊治療の末、特別養子縁組という手段を選んだ栗原清和・佐都子夫婦は民間団体の仲介で男子を授かる。朝斗と名づけた我が子はやがて幼稚園に通うまでに成長し、家族は平穏な日々を過ごしていた。そんなある日、夫婦のもとに電話が。それは、息子となった朝斗を 「返してほしい」 というものだった - 。
心から望みながら、自分たちの子を産めなかった夫婦。
中学生で妊娠し、断腸の思いで子供を手放すことになった幼い母。
それぞれの葛藤、人生を丹念に描いた、胸に迫る長編。(文春文庫)
タワーマンションの上層階に暮らす佐都子はこの日常にこの上も無い幸せを感じ 「満ち足りている」 とはっきりと自覚している。そんなある日、無言電話がかかってきてその 「満ち足りている」 日常に事件が起こる。
ひとつは6歳になる息子 「朝斗」 が幼稚園で起こしたもの。そしてもうひとつは同じく 「朝斗」 を取り巻く現実、彼の人生の根源が明かされてゆくというものだ。
前者の事件からは佐都子の揺るがない子供への態度、我が子を信じる確固たる意志が見え、読者はこの立派な母の像を確認する。そして息子の 「朝斗」 もまたそんな母へのゆるぎない信頼を忘れない。概ね第一章ではその 「満ち足りた」 日常、ゆるぎない親子関係を描いているとおもいきや、事件が一件落着した途端、間髪入れずにもうひとつの事件はやってくる。「朝斗」 の出生に関する秘密が突然明かされるのだ。この展開に読者は驚かされ、一気に物語に引きずり込まれるだろう。(河瀬直美/解説より)
最初、おそらく多くの読者は、この物語の主人公は 「佐都子」 であり、「朝斗」 と思うはずです。それはそれで違いないのですが、そう思い読み進めていると、事は一気に予想もしない局面を迎え、二人は、思いもしなかった人物と再会することになります。
実は 「朝斗」 は佐都子が自らお腹を傷めて産んだ子供ではなく、特別養子縁組という手立てのもとに授かった、血の繋がりのない子供でした。
物語のもう一人の主人公、「朝斗」 を産んだ 「片倉ひかり」 は当時中学生で、もとより手もとに置いて育てられるわけもなく、母親がした企てにより、否応なく母子の関係を断たれたのでした。
(解説の続き) この確固たる絆を築いている親子が実の親子でなく、まだ20歳そこそこの茶色く髪を染めた 「ひかり」 が実の母親であるかもしれないという真相を知りたくなるのだ。
物語は、まず佐都子の家に朝斗がやってくるまでの10年程が描き出されてゆきます。それはとりもなおさず、栗原清和・佐都子夫婦が経験した不妊治療の、長く辛すぎた日々の記憶であり記録でもありました。幾多の挫折に堪え、二人は遂に父になり母になります。
ところが、「朝斗」 と名付けた我が子が幼稚園へ通うまでになった頃、その女はやって来たのでした。朝斗の母だと言い、「ひかり」 と名乗る茶色い髪の女は、朝斗を 「返してほしい」 と言い、でなければ 「お金を、用意してください」 と脅迫じみた要求をします。
清和と佐都子には、まさか目の前の女が当時中学生だった 「ひかり」 だとはどうしても思えません。あなたは 「ひかり」 ではないと言い、毅然とした態度でもって、二つともの要求を突っ撥ねたのでした。
神奈川県警の警察が 「ひかり」 を名乗る女の写真を持って事情を聞きに来たのは、その1ヶ月ほど後のことでした。「この女性に見覚えはありませんか」 と訊かれ、佐都子の表情が変わると、畳みかけるようにして 「この女性が、行方不明になっています」 と言うのでした。
※「片倉ひかり」 の半生が描かれるは第三章。話は、彼女がまだ中学に入学したばかりの13歳から始まっていきます。
とある地方都市に住む教師一家の末娘として、何不自由なく暮らしていた 「ひかり」 が、中学生で妊娠し中絶もせず、なぜ 「朝斗」 を産んだのか。
妊娠から出産にかかる一連の出来事の始末を終え、とにもかくにも “普通” の高校生になった 「ひかり」 が、その後どんな思いで日々を過ごし、後年、警察にその身を追われるまでになったのか。住む場所を探し出し、なぜ栗原家へ行こうとしたのか・・・・・・・
(勿論ほかにも色々ありますが) 私は、この 「ひかり」 の道程こそを、知ってほしいと思います。胸に迫ってひりつくような、激しく辛い人生に言葉を失くす思いがします。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆辻村 深月
1980年山梨県笛吹市生まれ。
千葉大学教育学部卒業。
作品 「冷たい校舎の時は止まる」「凍りのくじら」「ツナグ」「太陽の坐る場所」「鍵のない夢を見る」「きのうの影踏み」「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」「かがみの孤城」他多数
関連記事
-
-
『正しい愛と理想の息子』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文
『正しい愛と理想の息子』寺地 はるな 光文社文庫 2021年11月20日初版1刷 物
-
-
『ペインレス あなたの愛を殺して 下』(天童荒太)_書評という名の読書感想文
『ペインレス あなたの愛を殺して 下』天童 荒太 新潮文庫 2021年3月1日発行
-
-
『絵が殺した』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
『絵が殺した』黒川 博行 創元推理文庫 2004年9月30日初版 富田林市佐備の竹林。竹の子採り
-
-
『あなたの本/Your Story 新装版』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文
『あなたの本/Your Story 新装版』誉田 哲也 中公文庫 2022年8月25日改版発行
-
-
『からまる』(千早茜)_書評という名の読書感想文
『からまる』千早 茜 角川文庫 2014年1月25日初版 地方公務員の武生がアパートの前で偶然知り
-
-
『一億円のさようなら』(白石一文)_書評という名の読書感想文
『一億円のさようなら』白石 一文 徳間書店 2018年7月31日初刷 大きな文字で、一億円のさような
-
-
『雨の鎮魂歌』(沢村鐵)_書評という名の読書感想文
『雨の鎮魂歌』沢村 鐵 中公文庫 2018年10月25日初版 北の小さな田舎町。中
-
-
『照柿』(高村薫)_書評という名の読書感想文
『照柿』高村 薫 講談社 1994年7月15日第一刷 おそらくは、それこそが人生の巡り合わせとし
-
-
『蓮の数式』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文
『蓮の数式』遠田 潤子 中公文庫 2018年1月25日初版 35歳のそろばん塾講師・千穂は不妊治療
-
-
『噛みあわない会話と、ある過去について』(辻村深月)_書評という名の読書感想文
『噛みあわない会話と、ある過去について』辻村 深月 講談社文庫 2021年10月15日第1刷
















