『家系図カッター』(増田セバスチャン)_書評という名の読書感想文

『家系図カッター』増田 セバスチャン 角川文庫 2016年4月25日初版

料理もせず子育てに無関心の母。秘密裏に離婚届を出し愛人と出来ちゃった再婚した父。常に情緒不安定な妹。凄絶な家庭に育ち荒れていた青年の心は、寺山修司との出会いで一変する。演劇の世界に身を投じた彼は、〈自分の表現〉の実現を目指し原宿に小さな店を開く。それが世界に衝撃を与える一歩とも知らずに。いまやカワイイ文化の発信者として世界的活躍の著者が、どん底から光を見つける青春時代。成功前夜の衝撃エッセイ。(角川文庫より)

増田セバスチャンと言えば、きゃりーぱみゅぱみゅ - 確かそんな話を聞いたような気がするにはするのですが - さほど関心があるわけでもなく、何がどうでそう言われているかなどまるで知らない私のような者からすれば、

そもそも彼らの周りで日常的に為されている事の何たるかがよく分かりません。本を開けば、それが原宿を中心に今や世界中から注目を集める「カワイイ文化」の、一方は発信者であり、もう一方は目立って〈カワイイ〉具現者、体現者ということになります。

名前からしてそうですが、彼女(きゃりーぱみゅぱみゅ)がメディアに頻繁に登場するようになった頃のことを思えば、すべてが奇抜に過ぎて、何が良くて人気があるのか皆目見当も付きませんでした。

ロウ人形みたいな(つまりは無表情で無機質な)顔つきでもって、カラフルな衣装にキテレツなパフォーマンス。何の歌やらさっぱり分からない。繰り返しのフレーズが印象的だといえばそうですが、好きかと訊かれたら、申し訳ないがハイとは言えません。

ところが、(これもネットの芸能ニュースか何かでちらっと読んだだけですが)彼女の歌(というより歌を含めたすべてのパフォーマンスということでしょう)が日本以外の若者の間でも大いにウケていると聞くに及んで、これは何か、私などには思いもつかない、しかし決して侮ることのできない確かなものが存在するのだと考えるに至ったのであります。

要は誰かが - それこそが増田セバスチャンその人なのです - 周到に周到を重ね、今これがウケなくて何がウケる? 思いをどう表現すれば自分が開放されるのかを悩みに悩み、それでもそれまであった何ものにも同調できない若者らに対してあるテーマを指し示したのです。

例えば、その最初にあったのが〈mama〉というアートパフォーマンスグループの結成であり、「幼児の凶暴性」とか「とことんクダラナイ」といったテーマであったわけです。

周りの先輩アート関係者は、著者のやっていることを全否定します。「バカ系」とカテゴライズされ、幼稚だと言われ、偏執狂的なダメ出しを喰らい、「こんなものがアートだと言われるようになったら日本のアート界はお終いだ」とまで言われてしまいます。

この時、増田セバスチャンは弱冠23歳。深いダメージを負うには負いますが、しかし「自分の表現」は何としてでも世に伝えたいと強く念じます。そこで新たに思いが至ったのは、普段よく買い物に行くブティックや雑貨店のこと。

彼が思い付いたのは「ショップ」で、ギャラリーや劇場ではなく、表現の場を「お店」という形態で伝えたらどうだろうかと。そして当時つきあっていたミドリさんという女性と一緒にオープンしたのが、(知る人ぞ知る)「6%DOKIDOKI」という小さな店だったのです。
・・・・・・・・・・
元からのファンなら分かり過ぎるくらいに分かる話で、そうじゃない人にしてみれば何のことやらといったところかも知れません。

ただ、この本は単なる一成功者の自伝と言うに留めるのにはあまりにもったいない、もう一つ別の物語があります。それは彼の生い立ちに始まり、彼が彼であることの根源を問うような内容になっています。

タイトルにあるように、彼は自分の家系を自分で絶とうとしています。10代の頃から、子供は作らないと決めています。彼には自分の血を複製したくない強い理由があるのです。子供を作ると自分の問題が子供に「トレースされてしまう」と言います。

だったら、自分は自分の家系図をここで断ち切るという前提で生きる。それ前提で自分の生き方を決めるということを決意するわけです。その結果、気付くとこの20年のほとんどを、その思いを自分の仕事を通した「自己表現」に転化することに費やしていたと言います。

そこでは、増田セバスチャン - もちろんこれは本名ではありません。日本語のちゃんとした名前があるのですが、彼がなぜこの可笑し気な名前を使っているのかも本書を読めば分かります - がこれまで誰にも語らなかった自分の出目やポリシーについてが詳しく記されています。特にその家族、増田家の歴史についての記述は予想を超えて波乱に満ち満ちています。

この本を読んでみてください係数  80/100


◆増田 セバスチャン
1970年千葉県松戸市生まれ。
アートディレクター/アーティスト。「カワイイ」にこだわり続け、1995年から現在まで原宿を中心に活動。日本の原宿Kawaiiカルチャーの第一人者とされている。

作品 「6%DOKIDOKIヴィジュアルショーDVD」「原子素粒子ドロリ惑星」「もうひとつの内藤ルネ」など

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