『夏の裁断』(島本理生)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『夏の裁断』(島本理生), 作家別(さ行), 島本理生, 書評(な行)

『夏の裁断』島本 理生 文春文庫 2018年7月10日第一刷

小説家の千紘は、編集者の柴田に翻弄され苦しんだ末、ある日、パーティー会場で彼の手にフォークを突き立てる。休養のため、祖父の残した鎌倉の古民家で、蔵書を裁断し「自炊」をする。四季それぞれに現れる男たちとの交流を通し、抱えた苦悩から解放され、変化していく女性を描く。書き下ろし三篇を加えた文庫オリジナル。(文春文庫) ※「自炊」 とは、書籍を 「デジタル化」 することをいいます。

直木賞受賞、おめでとうございます。てっきり “芥川賞の人” だと思っていたら、あっちもこっちもで、えらく才能があるらしい。知りませんでした。で、

ああ、この世にはまだこんなに人を傷つける方法があったのか

- 帯にこんな文章があります。つい買ったはいいものの、思った以上に  “エグい”  話が書いてあります。

読むと「どこまでが作者の実体験なんだろう」 と、ゲスい想像を何度もしたくなります。そして何より作者の書かずにおけない心境を思うと、(小説ほどではないにせよ) 如何ばかりか不器用な人なんだろうと。

夏の裁断 (第153回 芥川賞候補作)

物語のはじめ、帯の文章はこんな場面で語られます。

過去に忌むべき性経験があり、今年30歳になる女性作家の萱野千紘は、2年前、編集者の柴田と知り合い、一方的に恋に落ち、およそ恋とは違う柴田のあしらいに、今は失意のうちにいます。

千紘にとって柴田は、言うなれば「悪魔のような」存在で、そんな男でありながら、千紘は柴田を忘れることができません。

誘われると、言われたなりについて行く。先が無いのを知りながら、したいようにされ、期待する度裏切られ、あげく何もなかったようなふりをする。聞くべきことを聞けもせず、千紘は、柴田の本心がどこにあるかを掴めずにいます。

ある日の、カラオケ店での一幕。

彼は吸いかけの煙草をこちらに差し出すと、吸う、と聞いた。受け取って吸い込む。風邪気味だったせいか喉の奥を小さな虫が這っているような痛痒さを覚えた。それでもなにかを許された気持ちになって安堵しかけた。

だけど乱暴に肩を抱かれて固まる。怖くてねじれたように心臓がきしむのを切なさと脳が錯覚したようにお腹の底だけが火照る。指に挟んだ煙草の灰がサンダルを履いた素足に落ちて、チリッと痛んだ。

閉じたまま発火していくのは熱くて苦しくて、私は柴田さんを見上げて頼んだ。
「キス、してほしいです」 彼は突然白けたように腕をほどくと、そっぽを向いた。間違えた、と青ざめながらも引っ込みがつかなくなってシャツの袖をつかんだ瞬間、後頭部を摑まれていた。なにが起きたのかすぐには分からなかった。

気が付くと私は、彼のズボン越しの股の間に顔を埋めたまま身動きが取れなくなっていた。後頭部を押さえつけられたまま、つむじのほうでリモコンを操作して選曲する電子音が響いた。

柴田さん動けないです、と声を絞り出す。すみません、ごめんなさい。もう言いません。だけど返事はない。ああ、この世にはまだこんなに人を傷つける方法があったのか、と死んでいくような気持ちで思った。これ見たことがある、とも。

じゃれついて飛びかかってきた犬や猫のしつけだ。(P16.17)

こんなのは、ほんの序の口。このあと千紘の心はさらに乱れて、それはもうなし崩しとしか言いようのない場面へと物語は連なってゆきます。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆島本 理生
1983年東京都板橋区生まれ。
立教大学文学部中退。

作品 「シルエット」「リトル・バイ・リトル」「生まれる森」「一千一秒の日々」「大きな熊が来る前に、おやすみ。」「あなたの呼吸が止まるまで」「ファーストラブ」他多数

関連記事

『滅茶苦茶』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『滅茶苦茶』染井 為人 講談社 2023年5月8日第1刷発行 こんな目にはあいたく

記事を読む

『妻籠め』(佐藤洋二郎)_書評という名の読書感想文

『妻籠め』佐藤 洋二郎 小学館文庫 2018年10月10日初版 父を亡くし、少年の頃の怪我がもとで

記事を読む

『長いお別れ』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『長いお別れ』中島 京子 文春文庫 2018年3月10日第一刷 中央公論文芸賞、日本医療小説大賞

記事を読む

『盗まれた顔』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『盗まれた顔』羽田 圭介 幻冬舎文庫 2014年10月10日初版 警視庁捜査共助課の白戸は指名

記事を読む

『月蝕楽園』(朱川湊人)_書評という名の読書感想文

『月蝕楽園』朱川 湊人 双葉文庫 2017年8月9日第一刷 癌で入院している会社の後輩。上司から容

記事を読む

『海よりもまだ深く』(是枝裕和/佐野晶)_書評という名の読書感想文

『海よりもまだ深く』是枝裕和/佐野晶 幻冬舎文庫 2016年4月30日初版 15年前に文学賞を

記事を読む

『二度のお別れ』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『二度のお別れ』黒川 博行 創元推理文庫 2003年9月26日初版 銀行襲撃は壮大なスケールの

記事を読む

『庭』(小山田浩子)_書評という名の読書感想文

『庭』小山田 浩子 新潮文庫 2021年1月1日発行 夫。どじょう。クモ。すぐそば

記事を読む

『誰もいない夜に咲く』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『誰もいない夜に咲く』桜木 紫乃 角川文庫 2013年1月25日初版 7つの短編は、過疎、嫁

記事を読む

『ニューカルマ』(新庄耕)_書評という名の読書感想文

『ニューカルマ』新庄 耕 集英社文庫 2019年1月25日第一刷 電機メーカーの関

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑