『絞め殺しの樹』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

『絞め殺しの樹』 河﨑 秋子 小学館文庫 2024年4月10日 初版第1刷発行

最果ての地・北海道根室で、多難の道を歩き続けた女の一代記。数々の文学賞にノミネート! 新・直木賞作家のブレイク作!  

生まれたからには仕方ない。
死にゆくからには仕方ない
」- 河﨑秋子

北海道根室で生まれ、新潟で育ったミサエは、両親の顔を知らない。昭和十年、十歳で元屯田兵の吉岡家に引き取られる形で根室に舞い戻ったミサエは、農作業、畜舎の手伝い、家事全般を背負わされボロ雑巾のようにこき使われた。その境遇を見かねた吉岡家出入りの薬売りの紹介で、札幌の薬問屋で奉公することに。戦後、ミサエは保健婦となり、再び根室に暮らすようになる。幸せとは言えない結婚生活、早すぎた最愛の家族との別れ、数々の苦難に遭いながら、ひっそりと生を全うしたミサエは幸せだったのか。新・直木賞作家、入魂の大河巨編。解説は木内昇さん。(小学館文庫)

かつての日本には (とりわけ僻地と呼ばれる地方には)、確かにこんなことがあったのでしょう。小説は、男尊女卑の “極み“ のような場面が続きます。それでもミサエは頑張りました。耐えて、耐えて、耐え抜いて、これ以上頑張れないぐらいに頑張ったのでした。ところが、それが逆に “仇“ となり、むしろ状況は悪くなる一方で・・・・・・・。

ミサエがこうと信じてしてきたことの大方は、本当にそれが正解だったのでしょうか。そうまでして根室で暮らす意味があったのでしょうか。

北海道、根室を舞台にした本作は、ミサエと雄介という親子二代の物語である。とはいえ、二人の間に交流と呼べるものはない。家族として暮らしたことはおろか、言葉を交わしたこともごくわずかしかないのである。雄介を里子に出す際、「生みの親は一切この子に親として接してはならない」 との約束が交わされたためだった。

ミサエ自身、実の親に触れずに育っている。母はミサエを産んで間もなくして亡くなり、父が誰なのかすら知らされていない。十歳で吉岡家に引き取られてのちは、養子としてではなく単なる人手として、畜舎での仕事から家事まで担い、学校へ行くことすらままならないほど働かされる。

あたかも日々の鬱憤をぶつけるようにして、ミサエに辛く当たる吉岡家の人々。叱責と罵声が飛び交う環境。理不尽でしかないこの状況を、ミサエは意思に蓋をしてやり過ごす。けっして自らの正当性を唱えることなく、哀しい耐性を身に育んでいくのだ。(解説より)

時代故、出自故、受けてきた余りに過ぎる仕打ち故、成人した後のミサエの人生も、思うほどにはうまくいきません。何かはわかりませんが、何かが彼女の心を邪魔するような、生まれた土地に留まれと声なき声で言われ続けているような、そんな気がしてなりません。

ミサエの心に染みついた 「哀しい耐性」 こそが曲者で、それ故彼女の思考は、決まって “一時停止“ します。それを繰り返し、結局ミサエは根室を出て行くことができません。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆河﨑 秋子
1979年北海道別海町生まれ。
北海学園大学経済学部卒業。

作品 「颶風の王」「肉弾」「土に贖う」「鯨の岬」「鳩護」「清浄島」「ともぐい」他

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