『女神/新装版』(明野照葉)_書評という名の読書感想文
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『女神/新装版』(明野照葉), 作家別(あ行), 明野照葉, 書評(ま行)
『女神/新装版』明野 照葉 光文社文庫 2021年10月20日初版第1刷発行
とびぬけて美しく華やかで、仕事も抜群にできる -
こんなに完璧なのに、この人、どこかおかしい・・・・・・・(どうしてああも完璧なんだろう)。誰をも惹きつける美貌。トップの営業成績。恋人は年下の医者。会社の先輩・君島沙和子に、真澄の目はつい奪われてしまう。だが、ときに垣間見せる尖った表情、その完璧主義、秘密主義に普通ではないものを感じ始めて・・・・・・・。転職、転居を繰り返す沙和子の秘められた素顔とは? 現代社会の病理を深く抉る傑作サスペンス長編! (光文社文庫)
明野照葉という作家が、なぜ私は好きなのか。どんな理由でこの人が書いた小説を読みたいと思うのか - 。その答えは簡単で、手を変え品を変えいろんな 「悪女」 が登場し、その誰もが刺激的で、期待以上に 「悪女」 だからです。人の本性というものを、これでもかと言うほどに、剥き出しにしてみせてくれるからです。
たとえそれが犯罪であったとしても、やると決めたら躊躇なく実行し、迷うことがありません。平気で嘘をつき、人を騙します。都合よく他人を利用し、相手はそれに気付きもしません。沙和子は、皆が憧れる理想の女性を完璧なまでに演じてみせます。
本書は一種のピカレスク・ロマンと称して差し支えないだろう。女性が男性と伍して勝負し、成功するためには尋常な手段では成し得ないのである。しかし本書のヒロインがとった方法は、およそ信じがたい凄まじいものだった。といって、彼女だけが 〈異常〉 なのではない。その沙和子の異常さを暴いてやろうとするふたりの女性もまた、対人恐怖症の被害妄想およびセルフ・イメージ障害で、周囲との協調がとれず、「何者にもなれない」 ことのコンプレックスを持つ人間である。つまり、ここで描かれるのは何らかのビョーキを抱える人間ばかりなのであった。
心の病気が怖いのは、それが進行していくうちに、単に心の問題だけにとどまらず、精神や、脳にも影響を及ぼして、身体そのものを蝕んでいくことだろう。さらには、そうした歪んだ心の矛先が自分ばかりでなく、他者へと向けられたとき、そこに犯罪が発生する可能性は飛躍的に増大する。しかもその犯罪の芽は、親しい友人や家族の間でも気づかぬうちに育っていき、とある瞬間に突然爆発するのである。
沙和子の場合も、それは唐突に訪れる。
だが、それにしてもと思うのは、沙和子の絶望的な孤独感のありようだ。この暗黒の孤独には、どうにも救いがないのである。彼女がしてきたことは、たとえ正当な理由、高邁な動機がかりにあったとしても、つまるところおのれの 「欲望」 から発した俗に堕するものであろう。そのことは沙和子自身も承知していたに違いない。しかし、実際に踏み出し歩き始めてみると、そこは束の間ほども安らぐ場すらない茫漠たる荒野であったのだ。自分以外誰ひとり信じられず、救いもなく、モラルもない・・・・・・・いやそうしたものがないことが救いであり、モラルであるような、闇を抱えた人間にとっての本当の故郷を感じさせる場所であった。(解説より/途中一部割愛)
※そもそも、明野照葉が書きたかったのが “悪女もの” でした。その作家としての希望がこの 『女神』 という作品によって実現し、その後、『汝の名』 『さえずる舌』 『契約』 『誰? 』 へと続いていきます。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆明野 照葉
1959年東京都中野区生まれ。
東京女子大学文理学部社会学科卒業。
作品 「雨女」「魔性」「輪RINKAI廻」「新装版 汝の名」「誰? 」他多数
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