『ぶらんこ乗り』(いしいしんじ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『ぶらんこ乗り』(いしいしんじ), いしいしんじ, 作家別(あ行), 書評(は行)

『ぶらんこ乗り』いしい しんじ 新潮文庫 2004年8月1日発行

ぶらんこが上手で、指を鳴らすのが得意な男の子。声を失い、でも動物と話ができる、つくり話の天才。もういない、わたしの弟。- 天使みたいだった少年が、この世につかまろうと必死でのばしていた小さな手。残された古いノートには、痛いほどの真実が記されていた。ある雪の日、わたしの耳に、懐かしい音が響いて・・・・。物語作家いしいしんじの誕生を告げる奇跡的に愛おしい第一長編。(新潮文庫より)

深い。

読むうちに、自分は今「滅多とない奇跡」を目の当たりにしているんじゃないかとさえ思えてきます。涙が出るわけではありません。しかし、それとは別の、もしかすると涙よりもっと「気高い」何かに抱かれているような気持ちになります。

繰り返し読んでほしいのは、中にあるたくさんの「短い物語」です。読むと必ずや気付かされることがあります。優しさや愛おしさといった感情は言うに及ばず、それらを醸成しているのが実は「抗えない運命」であったり、「限りない無力感」であるのを知らされます。

31ある短い章の3番目 - 二人のぶらんこ乗りが交わす会話を読んでみてください。

「わたしたちはずっと手をにぎってることはできませんのね」
「ぶらんこのりだからな」
だんなさんはからだをしならせながらいった。
「ずっとゆれているのがうんめいさ。けどどうだい、すこしだけでもこうして」と手をにぎり、またはなれながら、
「おたがいにいのちがけで手をつなげるのは、ほかでもない、すてきなこととおもうんだよ」
ひとばんじゅう、ぶらんこはくりかえしくりかえしいききした。あらしがやんで、どうぶつたちがしずかにねむったあとも、ふたりのぶらんこのりはまっくらやみのなかでなんども手をにぎりあっていた。

おそらくは、これこそがいしいしんじが語る物語の核心 - 徒に歳をとっただけでとうの昔に忘れ去ったものの在り処を、まるで子どもに諭すように、大人になった私たちに教えてくれているような気がします。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆いしい しんじ
1966年大阪府大阪市生まれ。
京都大学文学部仏文科卒業。

作品 「アムステルダムの犬」「東京夜話」「トリツカレ男」「麦ふみクーツェ」「プラネタリウムのふたご」「ポーの話」「みずうみ」「ある一日」「四とそれ以上の国」など

関連記事

『小説 シライサン』(乙一)_目隠村の死者は甦る

『小説 シライサン』乙一 角川文庫 2019年11月25日初版 乙一 4年ぶりの最

記事を読む

『不連続殺人事件』(坂口安吾)_書評という名の読書感想文

『不連続殺人事件』坂口 安吾 角川文庫 1974年6月10日初版 戦後間もないある夏、詩人・歌川一

記事を読む

『ハリガネムシ』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文

『ハリガネムシ』吉村 萬壱 文芸春秋 2003年8月31日第一刷 ボップ調の明るい装丁から受ける

記事を読む

『最悪』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『最悪』奥田 英朗 講談社 1999年2月18日第一刷 「最悪」の状況にハマってしまう3名の人物

記事を読む

『部長と池袋』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『部長と池袋』姫野 カオルコ 光文社文庫 2015年1月20日初版 最近出た、文庫オリジナル

記事を読む

『幻の翼』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『幻の翼』逢坂 剛 集英社 1988年5月25日第一刷 『百舌の叫ぶ夜』に続くシリーズの第二話。

記事を読む

『放課後の音符(キイノート)』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『放課後の音符(キイノート)』山田 詠美 新潮文庫 1995年3月1日第一刷 【大人でも子供で

記事を読む

『蓬萊』(今野敏)_書評という名の読書感想文

『蓬萊』今野 敏 講談社文庫 2016年8月10日第一刷 この中に「日本」が封印されている - 。

記事を読む

『銃とチョコレート 』(乙一)_書評という名の読書感想文

『銃とチョコレート』 乙一 講談社文庫 2016年7月15日第一刷 大富豪の家を狙い財宝を盗み続け

記事を読む

『ホテル・アイリス』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『ホテル・アイリス』小川 洋子 幻冬舎文庫 1998年8月25日初版 これは小川洋子が書いた、ま

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑