『それでも日々はつづくから』(燃え殻)_書評という名の読書感想文
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『それでも日々はつづくから』(燃え殻), 作家別(ま行), 書評(さ行), 燃え殻
『それでも日々はつづくから』燃え殻 新潮文庫 2025年2月1日 発行
いつか忘れる日常を今日も僕らは生きている。 元カノからの最後の電話 消えたい夜 切ない記憶を刺激される47話

まーまー好きな人と号泣しながら観た、まーまーな映画。観客6名のトークイベント。疲れると無性に顔を見たくなる友人。「好きな男ができた」 と3回ふられた彼女からの最後の電話。明日からつづく日々も案外悪くないと思える、じんわりと効く温かいスープのようなエッセイ集。大橋裕之氏のマンガとのコラボのほか、「締切」 をテーマにした 「考えるな、間に合わせろ」 を文庫特典として収録。(新潮文庫)
47話の中から、まーまー、ではない一作を。(一度でいいからこんな文章が書けたらと。あんなことをこんなふうに、何気なさげに書ける貴方に嫉妬します。落ち込んでしまいます)
まーまー好きだった人
夜、一気に冷えて、とにかくうまいものより温かいものが食べたくなり、まーまーな味のちゃんぽん屋を目指した。店の前まで来ると、店内が真っ暗闇。入り口に、「閉店のお知らせ」 が貼ってあった。
殺伐としたコロナ禍の中で最初に淘汰されるのは、まーまーの店だ。ミシュラン三つ星の店でもコンビニでもない。
うますぎず、まずすぎない日常使いの店から消えていく。街の風景の良し悪しは、そういう店があるかないかで本当は決まるというのに。
僕はまーまーいい加減に生きながら、たまに思い立ったようにサプリメントで鉄分を摂ったり、まーまー高い値段のハンドクリームをたまに買うような人間だ。毎日三つ星の店や毎日コンビニ飯だったりしたら、僕はちょっと生きていけないような気がする。
だが、まーまーの店はとにかく軽視されがちなので、何か起きると真っ先に世の中から消えていく。あまりに街に馴染んでしまい、日常生活と同化し、ありがたみがわからなくなっている。
でも僕には、そのくらいの店が、一番心地がいい。店主が眉間にシワをよせて味を追求しない店、朝イチで豊洲に仕入れに行かない店などが、僕を安心させてくれる。
現状維持でもよくね? みたいなテンションで働いている店主が作るまーまーな味のちゃんぽんは、人を緊張させない。気を抜くと半分残してしまいそうな味だが、半分残しても、完食しても、店の誰もが気にしていない感じがいい。
ж
アカデミー賞の受賞作は素晴らしいが、深夜に途中から観たまーまーの映画で泣いてしまったことはないだろうか。僕はある。それは 『摩天楼はバラ色に』 というB級ハリウッド映画だった。
一緒に観た人は、恋人ではなかったが、友達にしてはお互いいろいろなことを知りすぎて、やりすぎてしまった相手だった。彼女と一緒にコーラを飲みながら、深夜にたまたまその映画を観た。途中から観たというのに、ふたりしてティッシュ箱を奪い合うほど泣いてしまった。僕は泣いたついでに心にもないことを口走ってしまう。
「好きだよ」
どう考えてもテキトーだった。そのときの彼女の返答は輪をかけてテキトーだった。
「私もまーまー好き」
まーまーぐらいで、あんなことやこんなことをしていいものかと思ったが、「ありがとう」 とこれまたテキトーに返答していた。そして僕は彼女を抱きしめた。いま思い出しても、まーまーサイテーな話だ。
でもなぜか、そんな彼女のことを忘れられなかったりする。まーまーいい思い出なのかもしれない。誰よりも好きだった、とは言い難い。しかし、遊びだったというほどドライな間柄でもなかった。気を抜くと人生の風景に溶け込んで紛れてしまいそうな彼女のことを、なんとか忘れないようにしたいと思っているのかもしれない。
ちゃんぽん屋の真っ暗な店内を眺めながら、僕はまーまー好きだった彼女のことを思い出していた。(本文より/一部割愛)
※この 「まーまー」 のバランスをエッセイで仕上げるにはどれだけ極上のテクニックが必要なことか。燃え殻さんのエッセイが無限に読んでいられるのは忘れられ力とまーまー力がハンパ無いからだ。- と、大槻ケンジ氏 (作家・ロックミュージシャン) の解説にあります。
「忘れられ力」 については、できればご自身で確認を。「まーまー」 については、共感できる人とできない人がきっといるはずです。共感できないという人は、たぶん “こんな本“ は一生手に取らないでしょう。読みたいと思わないし、読む必要もないからです。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆燃え殻
1973年神奈川県生まれ。
テレビ美術制作会社 企画、小説家、エッセイスト。
作品 「ボクたちはみんな大人になれなかった」「すべて忘れてしまうから」「湯布院奇行」「ブルー ハワイ」「断片的回顧録」「夢に迷ってタクシーを呼んだ」「これはただの夏」など
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