『これからお祈りにいきます』(津村記久子)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/12
『これからお祈りにいきます』(津村記久子), 作家別(た行), 書評(か行), 津村記久子
『これからお祈りにいきます』津村 記久子 角川文庫 2017年1月25日初版
高校生シゲルの町には、自分の体の「取られたくない」部分を工作して、神様に捧げる奇妙な祭りがある。父親は不倫中、弟は不登校、母親とも不仲の閉塞した日常のなか、彼が神様に託したものとは -(「サイガサマのウィッカーマン」)。大切な誰かのために心を込めて祈ることは、こんなにも愛おしい。芥川賞作家が紡ぐ、不器用な私たちのための物語。地球の裏側に思いを馳せる「バイアブランカの地層と少女」を併録。(角川文庫)
※ ウィッカーマン(wicker man)とは、古代ガリアで信仰されていたドルイド教における供養・人身御供の一種で、巨大な人型の檻の中に犠牲に捧げる家畜や人間を閉じ込めたまま焼き殺す祭儀のことをいいます。(Wikipediaより)
では、「サイガサマ」とは? - サイガサマとは、ほとんど雑賀町(この物語に登場する町の名前)に限定された「神様」のことをいい、サイガサマは神様として当然人の願いを叶えるわけですが、その代償として、願った人の身体の一部は(サイガサマに)取り上げられてしまうことになります。
サイガサマを信奉する人たちは、身体の一部を差し出すことを厭いません。しかし、命にかかわる部位を取られるのはさすがに避けたいと思うので、それだけは取らないでほしいと併せて願うことになります。
シゲルの住む雑賀町では毎年、冬至の日、サイガサマを祀る町を挙げての祭事(盛大とはいえないまでもそれなりの規模で)が行われます。中学校の校庭に皆が集まり、竹で籠を編むように、木の枝で巨人を編みあげ、それをぶくぶく岳の丘の上の広場に立たせます。
そして首の裏の開口部から「取って欲しくない」部位を象ったもの(紙、紙粘土、石膏などで作った心臓や脳など)を体内に投げ込み、火をつけて燃やします。一連の準備にかかわる作業は秋口から始まり、祭りが近づくにつれ、雑賀町は一様に活気付きます。
この冬至の祭りについて、高校生になったシゲルはすでに大方の興味を無くしています。シゲルの調べによると、サイガサマが実在するとしても、得意なものなどはおそらく何もありません。仮に、何か神様として大きなことをやりたいと思っていたとしても、それだけの力は持っていないようです。
ただ、信心のある人の噂によると、サイガサマは人間の体にとても興味があって、本気で何かを為そうとする時は、願をかけた者の体の一部を取っていくのだといいます。人間の体の一部から力を得てその願いを叶えるという、ほとほと下等な神様であるわけです。
しかし、それでも別に良かったとシゲルは思います。サイガサマなどという等級の低い神様が、人間界に現れて何かをやるというのは迷信で、小学生の頃、必死で折り紙をし、自由研究の作文で表彰までされたというのに、シゲルの願いは少しも叶わなかったのです。
(不登校の)弟に言ってやりたいと思う。あの神様に関わって以来むしろおれは下り坂だと。肌は吹き出物でボコボコになっているし、母親はアホだし、おまえは頭がおかしくなったし(弟はサイガサマへの工作物ばかりを作っています)、父親は不倫をしている。
腹立ち紛れに自転車に乗り、シゲルは駅前の商店街までやって来ます。速度を少し落としてパン屋の店内を一瞥すると、セキヅカがレジを打っているのがわかります。
小学校から中学まで、シゲルとずっと同じ学校に通っていたセキヅカは、早朝からパン屋でアルバイトをし、(しばらくしてわかるのですが)彼女は学校が終わると住宅街の手前の産婦人科で働き、その後更に、雑居ビルの地下にあるカフェバーでも働いています。
商店街で仕立て屋兼紳士服店を営んでいた関塚暁子の父親は、7年前に倒れて、昏睡状態のまま、未だ目が覚めないでいます。母親はいつ意識が戻るとも知れない父親のために店を守る責務を負い、治療費と生活費で働きづめの毎日を送っています。
・・・・・・・・・
シゲルは、セキヅカのぼつぼつとした話をじっと聞きながら、何もできない、ということを思った。自分には何も、セキヅカに与えられるものがない、と思った。そのことに、むなしくなるのではなく、辛くなるのでもなく、ただ強く傷付いた。自分はこんな気持ちになることがあるのか、と不思議にも思った。
家のことは自分がなんとかする。なんとかって、どうしたらいいのかはよくわからないのだけれど、目の前に横たわること、求められたことから逃げないようにする、とシゲルは決心します。 せやから、セキヅカをもうちょっとらくにさしたってください。
祭りの日、シゲルは作業着の尻ポケットに入れた折り紙で作った二つの心臓を取り出し、籠の背中の穴の上からそっと投げ入れます。そして、(さして興味のなくなった)サイガサマに向かって、そんなことを願っています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆津村 記久子
1978年大阪府大阪市生まれ。
大谷大学文学部国際文化学科卒業。
作品 「まともな家の子供はいない」「君は永遠にそいつらより若い」「ポトスライムの舟」「ミュージック・ブレス・ユー!! 」「とにかくうちに帰ります」「浮幽霊ブラジル」他多数
関連記事
-
-
『くちぶえ番長』(重松清)_書評という名の読書感想文
『くちぶえ番長』重松 清 新潮文庫 2020年9月15日30刷 マコトとは、それき
-
-
『小説 木の上の軍隊 』(平一紘)_書評という名の読書感想文
『小説 木の上の軍隊 』著 平 一紘 (脚本・監督) 原作 「木の上の軍隊」 (株式会社こまつ座・
-
-
『この世の喜びよ』(井戸川射子)_書評という名の読書感想文
『この世の喜びよ』井戸川 射子 講談社文庫 2024年10月16日 第1刷発行 第168回芥
-
-
『ペインレス あなたの愛を殺して 下』(天童荒太)_書評という名の読書感想文
『ペインレス あなたの愛を殺して 下』天童 荒太 新潮文庫 2021年3月1日発行
-
-
『グラジオラスの耳』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
『グラジオラスの耳』井上 荒野 光文社文庫 2003年1月20日初版 グラジオラスの耳
-
-
『岸辺の旅』(湯本香樹実)_書評という名の読書感想文
『岸辺の旅』湯本 香樹実 文春文庫 2012年8月10日第一刷 きみが三年の間どうしていたか、話し
-
-
『家系図カッター』(増田セバスチャン)_書評という名の読書感想文
『家系図カッター』増田 セバスチャン 角川文庫 2016年4月25日初版 料理もせず子育てに無
-
-
『ギッちょん』(山下澄人)_書評という名の読書感想文
『ギッちょん』山下 澄人 文春文庫 2017年4月10日第一刷 四十歳を過ぎた「わたし」の目の前を
-
-
『踏切の幽霊』(高野和明)_書評という名の読書感想文
『踏切の幽霊』高野 和明 文春文庫 2025年11月10日 第1刷 いつまでも深く胸に残る哀
-
-
『騙る』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
『騙る』黒川 博行 文藝春秋 2020年12月15日第1刷 大物彫刻家が遺した縮小

















