『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』(滝口悠生)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/10
『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』(滝口悠生), 作家別(た行), 書評(さ行), 滝口悠生
『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』滝口 悠生 新潮文庫 2018年4月1日発行
東北へのバイク旅行。美術準備室でのできごと。そしてジミヘンのギター。2001年の秋からいくつかの蛇行を経て2011年の春までをつなぐ、頼りなくもかけがえのない、やわらかな記憶の連なり --。人と世界へのあたたかいまなざしと、緻密で大胆な語りが融合した、記憶と時間をめぐる傑作小説。第153回芥川賞候補作。(新潮社webサイトより)
この物語の主人公であり、語り手でもある「私」と新之助は、ある事をきっかけに、三階にある美術準備室に通い詰めるようになります。それは二学期になってからもそうで、放課後はもちろん、授業をさぼって午前中からの時もありました。
房子が授業をしている間は、マンガを読んだり音楽を聴いたりしています。準備室には本やCDが散乱し、船木先生のものらしいアコースティックギターが置いてあります。船木先生のCDはロックもジャズもブルースもあり、ほとんどが60年代と70年代のものでした。
その頃二人が惹かれたのは激しくてどこか狂っているように思える音や曲で、私と新之助は特に、ジミヘンやレッドツェッペリンを好んで聴きました。- 二人は高校生。房子とは、二人が通う高校の美術講師・富士房子先生のことです。
左利きのジミ・ヘンドリクスは、右利き用のギターの弦を逆さに張り替えて弾いた。上下逆さまに抱えられたギターは、本来いちばん細い弦が張られるべきところにいちばん太い弦が張られ、いちばん太い弦が張られるところにいちばん細い弦が張られた。振動を拾うピックアップも、本来の弦の並びに合わせて配置されているから、その指向性も設計時の想定から大きく狂うことになる。
さらに、ジミ・ヘンドリクスは弦のテンションを操作するアームを極端に激しく動かし、音を変化させた。そのため彼のギターはすぐにチューニングが狂った。ギターをアンプに近づけたり、ギター自体を揺らしたりすることで、アンプから発された音にギターが共振して起こるフィードバックノイズを起こし、それを演奏に取り入れた。(P32.33)
あてのないバイク旅。高校の美術の臨時講師の、裸の房子。そこにあったギターと、そこで出会ったジミヘン - 時を経てさらに記憶は曖昧に、しかし尚確固たる思いとして消えることがありません。
船木先生と房子はできている。私がひと目もはばからず美術準備室に入り浸っていると、訳知り顔でそんなことを私に告げてくる同級生たちがいたが、そんなことはどうでもよかった。房子がすることを周りがどうこう言うのは馬鹿馬鹿しいし無駄だと思った。船木先生とできていようが、いまいが、そんな噂がたつことそれ自体が房子らしくて最高だ。
たしかに内心には激しい嫉妬がわきあがりもするのだったが、そんな切なさや苦しさなんかあの頃はいくらでも自分の周りに溢れていた。今だったら耐えられそうもない悩みや後悔や嫉妬や劣等感や自己嫌悪が、渦巻いている毎日だった。きっと誰もが似たようなものだった。(P35.36)
確かなはずのものが、今はもう像さえ結ばない。永遠に感じたそれは・・・・・・・、あれは、私に何を齎したのだろうかと。
その頃の私の世界は、私と房子と新之助がほとんどすべてだったから、我々と言えばその三人で、その三人はそれぞれに違うと言っても、そんなにたいして違いはなくて、同じところから来て、同じところに行く、同じ者だと思っていた。
あとから考えればそんなのは浅はかだけれど、あとから考えてどう思うかはその時には関係ないし、当たり前だけどわからなかった。浅はかだったならその浅はかさがその時で、それが哀れなら哀れなのがその時だったが、浅はかとも哀れとも気づかずに、いやそんなことは全然考えもせずに、その時自分は不足や不満も抱えながら満ち満ちに満ちていた。(P37)
原付バイクと伝説のギターが呼び覚ます、19歳の俺の物語。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆滝口 悠生
1982年東京都八丈町生まれ。埼玉県入間市出身。
早稲田大学第二文学部中退。
作品 「寝相」「愛と人生」「死んでいない者」「茄子の輝き」「高架線」など
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