『ふたたび嗤う淑女』(中山七里)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2023/09/11 『ふたたび嗤う淑女』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(は行)

『ふたたび嗤う淑女』中山 七里 実業之日本社文庫 2021年8月15日初版第1刷

標的の運命を残酷に操るダークヒロイン、再臨!?
巧みな話術で唆し、餌食となった者の人生を狂わせる - 稀代の悪女・蒲生美智留が世間を震撼させた凶悪事件から三年。”野々宮恭子” と名乗る美貌の投資アドバイザーが現れた。国会議員の資金団体で事務局長を務める藤沢優美は、彼女の指南を受け、不正運用に手を染めるが・・・・・・・金と欲望にまみれた人々を弄ぶ恭子の目的とは!? 人気シリーズ第2弾! (実業之日本社文庫)

[目次]
一 藤沢優美
二 伊能典膳
三 倉橋兵衛
四 咲田彩夏
五 柳井耕一郎
エピローグ

第二話伊能典膳」 場面2より
「早まったことをしてくれたな、藤沢さん」
官給のノートパソコン。その画面に映し出された死体写真を見つめながら、丸の内署・知能犯係の富樫はぼそりと呟いた。

一億二百万円を詐取されたと見る影もなく落ち込んでいたが、それでも彼女が死んでカネが返ってくる訳ではないし、出資元が優美を免罪するとも思えない。要するにただの犬死にだ。死を選ばすとも破産宣告や民事再生の手続きを取れば、少なくとも法律上の支払義務は免除ないし軽減される。どうしてその方途を選択しなかったのか。富樫は詐欺事件が発生した際に覚えるあの憤怒と無力感を反芻する。

スマートフォンの発信記録を調べようとしたのは、ほんの思いつきだった。死を決意した優美が最期に誰と話したのか、あるいは誰と話そうとしたのか興味が湧いた。

発信相手は二人しかいなかった。自殺の直前には 「神崎亜香里」 宛てに三回、そして 「野々宮恭子」 宛てには実に十五回もの発信記録が残っている。無論これだけの回数が続いているのは相手が出なかったせいだ。ずらりと連なる 「野々宮恭子」 の名前が、優美の恨みの深さを物語っているように見える。そのうち、富樫は妙な気分に襲われ始めた。

平成十八年二月二十五日、生活プランナーの看板を掲げる蒲生美智留は自身の顧客であった鷺沼紗代に銀行のカネ二億三千万円を横領させ、そのうち二億円あまりを詐取した上で紗代を東京メトロ表参道駅のホームから突き落として轢死させた。更に平成十九年八月二十日、共犯者の実家に潜り込み、共犯者の実弟である野々宮弘樹を言葉巧みに操り、同家の父親と共犯者を殺害させた。その他にもぞろぞろと余罪が発覚し、蒲生美智留は稀代の悪女として世間を騒がすことになる。そして、この共犯者こそが野々宮恭子だった。

ところが検察側絶対有利と思われた公判においてとんでもない事実が判明する。野々宮家の事件が起きた時、野々宮恭子は思慕していた蒲生美智留そっくりに整形しており、危うく弟の手から逃れることができた。つまり本物の蒲生美智留は恭子と間違われて弘樹に殺害されてしまったのだ。(本文より)

これが世に言う 〈蒲生事件〉 のあらまし。結果として誤認逮捕された野々宮恭子は無罪放免となり、裁判は終結します。

蒲生美智留の手口は類い稀な話術で他人を唆し、つい昨日までは平々凡々だった人間を犯罪者に変貌させてしまうことでした。そして、この手口のあり様は、今回 「野々宮恭子」 と名乗る女が藤沢優美に仕掛けた策謀とまるで同じものでした。第二話で、富樫がようやくそれに気付きます。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。

作品 「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「闘う君の唄を」「連続殺人鬼カエル男」「セイレーンの懺悔」「護られなかった者たちへ」他多数

関連記事

『夏の終わりの時間割』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『夏の終わりの時間割』長岡 弘樹 講談社文庫 2021年7月15日第1刷 小学六年

記事を読む

『くちびるに歌を』(中田永一)_書評という名の読書感想文

『くちびるに歌を』中田 永一 小学館文庫 2013年12月11日初版 中田永一が「乙一」の別

記事を読む

『犯罪小説集』(吉田修一)_書評という名の読書感想文

『犯罪小説集』吉田 修一 角川文庫 2018年11月25日初版 田園に続く一本道が

記事を読む

『僕が殺した人と僕を殺した人』(東山彰良)_書評という名の読書感想文

『僕が殺した人と僕を殺した人』東山 彰良 文藝春秋 2017年5月10日第一刷 第69回 読売文

記事を読む

『本と鍵の季節』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『本と鍵の季節』米澤 穂信 集英社 2018年12月20日第一刷 米澤穂信の新刊 『

記事を読む

『逃亡刑事』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『逃亡刑事』中山 七里 PHP文芸文庫 2020年7月2日第1刷 単独で麻薬密売ル

記事を読む

『はんぷくするもの』(日上秀之)_書評という名の読書感想文

『はんぷくするもの』日上 秀之 河出書房新社 2018年11月20日初版 すべてを

記事を読む

『文身』(岩井圭也)_書評という名の読書感想文

『文身』岩井 圭也 祥伝社文庫 2023年3月20日初版第1刷発行 この小説に書か

記事を読む

『ゆれる』(西川美和)_書評という名の読書感想文

『ゆれる』西川 美和 文春文庫 2012年8月10日第一刷 故郷の田舎町を嫌い都会へと飛び出し

記事を読む

『ネメシスの使者』(中山七里)_テミスの剣。ネメシスの使者

『ネメシスの使者』中山 七里 文春文庫 2020年2月10日第1刷 物語は、猛暑日が

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑