『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』(三國万里子)_書評という名の読書感想文
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『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』(三國万里子), 三國万里子, 作家別(ま行), 書評(あ行)
『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』三國 万里子 新潮文庫 2025年6月1日 発行
こころがほどける優しい記憶。泣きたくなるような日々のきらめき。絶賛を浴びた名エッセイ、待望の文庫化

この文章は宝物のようだ 津村記久子
祖母が畑で作っていた苺のやわらかさ、何に触れても心がヒリヒリとした中学生のころ、アルバイト先で出会った夫との恋、インフルエンザで入院した8歳の息子の体温。息苦しさを抱えていた少女は大人になり、毛糸と編み針を手に最初はおそるおそる、そして次第に胸を張って、人生を編みだしてゆく - 。誰のなかにもきっといる 「あのころの少女」 が顔を出す、珠玉のようにきらめくエッセイ集。(新潮文庫)
「この文章は宝物のようだ」 と津村記久子氏が言うのなら、それは間違いなくそうなんだろうと。
三國万里子という人のことは何も知りません。その業界ではかなり有名な人であるらしい (家内に訊いたら一発で答えました) のですが、プロの小説家でもエッセイストでもありません。その三國氏が書いた文章が 「宝物」 であるならば、おそらくは、彼女の人生に (紆余曲折はあったにせよ) どこかしら輝くものがあったからに違いありません。どんな輝きだったのか。それを知りたいと思いました。
まりこさんの大学卒業後の時期についてが書かれた 「23歳」 というタイトルのエッセイは、一本の小説を読んだような感慨を残す。大学を出て古着屋でアルバイトをしていた、と聞くと、まさに三國万里子さんっぽいのだが、そこでは 「役に立たないから辞めてほしい」 と言われ、その後、秋葉原でコンピューター・ゲームのチート用ソフトを売る店でのアルバイトには馴染んだというのが意外だ。ドトールで会社員たちに交じってミラノサンドセットを食べながら、結構今幸せかもと思ったまりこさんは、週2回フランス語を習いに行き、フランスに行くためにお金を貯めようと決める。勤め先は、おじさんのひろしさんが紹介を請け負ってくれた、秋田の日本一の温泉宿だ。
秋田の現地の最寄り駅に到着して、バスの発車までに駅の周辺を歩いていると、何を思ったのか、中年の男性が 「け」 と言ってりんごをくれる。温泉宿に到着したまりこさんは、りんごをお土産として渡す。住み込みの部屋に案内されるとストーブがついていて、社長のお嬢さんたちは従業員さんの一人から 「姫」 と呼ばれていて、温泉には入り放題で、洗った髪は凍る。淡々とした時系列順の出来事の記述からは、本当に知らない場所に来たという驚きが伝わってくる。
同僚の小梅さんの 「おめはここに泣ぎながら来たのか、それとも笑いながら来たのか」 という言葉にはどきっとする。まりこさんが問われたことでありながら、読者の自分たちも、何かこの問いに答えなければならないのではないかという気分になる。この小梅さんの作る、ご飯のうえにのっかった卵焼きがおいしそう過ぎて、読んでいて気を失いそうになった。
温泉宿で身体を使いながら、同僚さんたちと共に働いていたまりこさんが自分について 「どんどん普通になっていった」 と述懐することも味わい深い。23歳の女性が、知らなかった自分に出会う驚きと喜びが横溢しているこの文章は宝物のようだ。(津村記久子/解説より)
※人生の、人が生きているということの、豊かさとは何なのでしょう? この本は、編物作家として名を成した三國万里子氏の輝かしい人生の軌跡であると同時に、それとは別の 「普段の」 まりこさん、大人になるまで社会に馴染めずにいた、よくいる一人の少女の成長譚に他なりません。力まず、威張らず、自分の思うままに。それがなかなかできません。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆三國 万里子
1971年新潟県生まれ。
3歳で祖母より編ものの手ほどきを受け、長じて多くの洋書から世界のニットの歴史とテクニックを学ぶ。「気仙沼ニッティング」 及び 「Miknits」 デザイナー。著書に 『編ものワードローブ』 『うれしいセーター』 『ミクニッツ 大物編・小物編』 『またたびニット』 『三國寮の人形たち』 など多数。本作は初のエッセイ集。
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