『路傍』(東山彰良)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『路傍』(東山彰良), 作家別(は行), 書評(ら行), 東山彰良

『路傍』東山 彰良 集英社文庫 2015年5月25日第一刷

俺、28歳。金もなけりゃ、女もいない。定職にも就いてない。同い年の善彦とつるんでは行きつけのバーで酒を呑み、泥酔したサラリーマンから財布を奪ったりしてはソープランドへ直行する日々。輝いて見えるものなど何もなかった。人生はタクシーに乗っているようなもので、全然進まなくても金だけはかかってしまう。そんな俺たちに今日も金の臭いがするトラブルが転がり込む。第11回大藪春彦賞受賞作。(集英社文庫解説より)

舞台は、千葉県船橋市。俺と善彦は同じ高校の夜学に通っていた者同士、三十路間近になった今も決まった仕事に就かず、ろくでもない毎日を送っています。昼間日雇いの仕事をした後、たいていは行きつけのバーで酒を呑みながら愚にもつかない話をしています。

もしもその時、近くに酔いつぶれたサラリーマンなどがいたような場合、俺は「大丈夫ですか? 」といかにも気遣うふうな声をかけ、うしろからそっと抱き起します。

「こんなとこで寝てたら、オマワリにひっぱっていかれますよ」と言うのは善彦で、そう言いながら、善彦はサラリーマンの懐を探ります。財布を抜き取った後、何事もなかったようにそいつを元いた場所に戻すのは俺で、その結果2人は万札10枚を手に入れます。

この一連の行為のあと、俺はこう呟きます。

どいつもこいつも、なにかから目をそむけている。このまま人生が永遠につづくことにうんざりし、おびえている。財布に10万円も入れているやつでさえ、なにかに苛立っている。だから野球にノボセたり、酒を飲んだり、酔っぱらいの金を奪ったりするのだ。

その後2人は金を山分けにし、善彦のスカイラインでソープランドへ直行 - するのが第一話「第二の人生」の最初に出てくる話です。

当然ながら進むにつれて話はどんどんエスカレートし、バイアグラに覚醒剤、やくざのお兄さんや新興宗教の教祖と狂信的な女信者、輸入禁止のペットを飼ったり売ったりする正体不明の外国人などが登場するのですが、おおよそ中身は先の恐喝のイメージのまま。

込み入った筋もなければ、あっと言わせるような仕掛けもありません。行き場のない日常にまかせて酒を呑み、他人から金をせしめ、時に殴り殴られながらも、どうせそんな人生ですよと不貞腐れたような台詞を吐くうちに話は終わります。ただ、その台詞がちょっと気が利いているので、読まずにおけません。

まずは(解説にもある)「タクシー」の話。2人が真面目にこれからの「第二の人生」について語り合う、最後あたりに出てきます。

人生はタクシーに乗っているようなもので、ぜんぜん進まなくたって金だけはかかる。ただじっとすわっているだけで、一分一秒ごとにメーターはどんどん跳ね上がっていく。30歳が近づいてきたら、カチ、カチ、カチ、という音がはっきり聞こえるようになる。

サラリーマンからくすねた金で行ったソープで、お気に入りのソープ嬢にあれやこれやで攻められるも一向に「その気にならない」俺と、端から仕事と割り切っているのが身体の反応でわかるソープ嬢が、バスタブの中で向かい合って座っているときの、俺の呟き。

みんな、生きていくためにどこかで無理をしている。どいつもこいつも、誰かを踏みつけている。踏みつけるやつのいないやつは、自分自身を踏みつけている。彼女のマンコが口をきけたら、こう言うに違いない。もし・・・(後は本編で確認願います)

最後に、もう一つ。これは最初の短編の最後の部分。2人して奪ったものが、まるで想定外の「バイアグラ」だったことが伏線になっています。

本当にほしいものは、たいてい手に入らない。必死でむしりとってきたものをよくよく見てみれば、たいしてほしくもないものだったりする。骨折り損のくたびれもうけ。でも、ま、よしとしとくか。
たいしてほしくもないけど、あってもべつに差し支えないもので人生はできている。二日酔いの朝、縮む睾丸、去勢された猫、太ってしまった女房、ノルウェーのくさい魚の缶詰。それもこれも、だれかの人生だ。(後略)

・・・ ま、こういうことです。飽きずに読み進めて行くと、一つや二つは、おおっ、となるようなのに行き当たるはずです。嫌いでないなら、読んでみてください。

この本を読んでみてください係数 75/100


◆東山 彰良
1968年台湾生まれ。5歳まで台北、9歳で日本に移る。福岡県在住。本名は王震緒。
西南学院大学大学院経済学研究科修士課程修了。吉林大学経済管理学院博士課程に進むが中退。

作品「逃亡作法 TURD ON THE RUN」「ミスター・グッド・ドクターをさがして」「ブラックライダー」「流」「ラブコメの法則」「キッド・ザ・ラビット ナイト・オブ・ザ・ホッピング・デッド」他

関連記事

『カルマ真仙教事件(中)』(濱嘉之)_書評という名の読書感想文

『カルマ真仙教事件(中)』濱 嘉之 講談社文庫 2017年8月9日第一刷 上巻(17.6.15発

記事を読む

『スリーピング・ブッダ』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『スリーピング・ブッダ』早見 和真 角川文庫 2014年8月25日初版 敬千宗の大本山・長穏寺に2

記事を読む

『D R Y』(原田ひ香)_書評という名の読書感想文

『D R Y』原田 ひ香 光文社文庫 2022年12月20日初版第1刷発行 お金が

記事を読む

『輪 RINKAI 廻』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

『輪 RINKAI 廻』明野 照葉 文春文庫 2003年11月10日第1刷 茨城の

記事を読む

『ラメルノエリキサ』(渡辺優)_書評という名の読書感想文

『ラメルノエリキサ』渡辺 優 集英社文庫 2018年2月25日第一刷 「お前絶対ぶっ殺すからな!

記事を読む

『レプリカたちの夜』(一條次郎)_書評という名の読書感想文

『レプリカたちの夜』一條 次郎 新潮文庫 2018年10月1日発行 いきなりですが、本文の一部を

記事を読む

『リバー』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『リバー』奥田 英朗 集英社 2022年9月30日第1刷発行 同一犯か? 模倣犯か

記事を読む

『GIVER/復讐の贈与者』(日野草)_書評という名の読書感想文

『GIVER/復讐の贈与者』日野 草 角川文庫 2016年8月25日初版 雨の降り続く日、訪ねてき

記事を読む

『プリズム』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文

『プリズム』百田 尚樹 幻冬舎文庫 2014年4月25日初版 ある資産家の家に家庭

記事を読む

『夏の騎士』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文

『夏の騎士』百田 尚樹 新潮社 2019年7月20日発行 勇気 - それは人生を切

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑