『だから荒野』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『だから荒野』(桐野夏生), 作家別(か行), 書評(た行), 桐野夏生

『だから荒野』桐野 夏生 文春文庫 2016年11月10日第一刷

46歳の誕生日、夫と2人の息子と暮らす主婦・朋美は、自分を軽んじる、身勝手な家族と決別。夫の愛車で高速道路をひた走る。家出した妻より、車とゴルフバッグが気になる夫をよそに、朋美はかつてない開放感を味わうが・・・・。家族という荒野を生きる孤独と希望を描いて、新聞連載時大反響を呼んだ話題作の文庫化。(文春文庫)

思い付きに朋美が選んだのは、距離にして1,200km、東京からはるか西にある長崎でした。家族に見切りをつけた彼女は、高速道路をひたすら西に向かって走ります。思い付きであるが故に、彼女は着の身着のまま。高速道路を走るのも初めてのことです。

前後の見境もなくと言ってしまえばそれまでですが、朋美には確かに思うところがあり、どうあっても我慢ならなかったのです。彼女には彼女の言い分があり、行動力があったということ。これは家出なんかではない。家にはもう戻らない。彼女はそう考えています。

朋美は、自分の気持ちをメールできっちり伝えたつもりでいます。しかし、夫の浩光や2人の息子はそれでも本気にしません。妻であり母である朋美のことを気にかけるより先に、浩光は仕事と趣味のゴルフにかまけ、2人の息子はどれほどの関心もない様子です。

つまりは - 夫・浩光はあくまで体裁に拘り、その場しのぎで、家庭を顧みない傲慢な男で、外面はいいのですが、朋美には月に20万円の生活費を渡す切りで何があろうとその範囲で賄えと言い、それ以上は決して渡そうとしません。それでいて自分は高価なゴルフクラブを買ったりしています。

大学生の長男・健太はおとなし目で要領はいいのですがその分クールで、親に対して見切ったような口をききます。彼女の家に入り浸りで、朝まで帰って来ない日が度々あります。また別の彼女ができると、着る服のセンスまで変わるという優柔不断なところがあります。

高校一年生の次男・優太は、いわゆる「ネトゲ廃人」。まだしも学校に行くだけましで、家では部屋に籠ってゲームばかりしています。朋美や浩光が何か説教じみたことを言おうものなら、返ってくるのは「るっせー、死ねや」という暴言ばかりの状態です。

浩光は会社に行く際、いつもマンションから駅までを朋美に送らせています。ところが週末になると、今度は浩光自身が車を独占します。趣味のゴルフに行くためで、朋美は単なる「ママタク」、夫の都合に合わせるだけの毎日に、実は辟易してもいたのです。

この小説は、家族にあって、かつては「沃野」であったはずのものが、気付けば荒れ放題の野となり、今更に手を施しても施し切れない、あるいは施す術がわからない、そんな状況になってはじめてわかる何ものかを指し示そうとする物語です。彼らは、本来あるべきはずの、大事な何かを見失っています。

※ 高速道路で長崎へ向かう道中、朋美はSAやPAで思わぬ出来事に遭遇します。これが中々に面白くて、最後まで飽きずに読めます。但し、(元が新聞連載というのもあり)桐野夏生の持ち味である「毒気」や「凄味」を期待し過ぎると期待はずれになります。ご注意ください。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆桐野 夏生
1951年石川県金沢市生まれ。
成蹊大学法学部卒業。

作品 「顔に降りかかる雨」「OUT」「グロテスク」「錆びる心」「東京島」「IN」「ナニカアル」「夜また夜の深い夜」「奴隷小説」「バラカ」「猿の見る夢」他多数

関連記事

『懲役病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『懲役病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2023年6月11日初版第1刷発行 累計23万

記事を読む

『だれかのいとしいひと』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『だれかのいとしいひと』角田 光代 文春文庫 2004年5月10日第一刷 角田光代のことは、好きに

記事を読む

『マザコン』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『マザコン』角田 光代 集英社文庫 2010年11月25日第一刷 この小説は、大人になった息子や

記事を読む

『デルタの悲劇/追悼・浦賀和宏』(浦賀和宏)_書評という名の読書感想文

『デルタの悲劇/追悼・浦賀和宏』浦賀 和宏 角川文庫 2020年7月5日再版 ひと

記事を読む

『祝山』(加門七海)_書評という名の読書感想文

『祝山』加門 七海 光文社文庫 2007年9月20日初版 ホラー作家・鹿角南のもとに、旧友からメー

記事を読む

『太陽は気を失う』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文

『太陽は気を失う』乙川 優三郎 文芸春秋 2015年7月5日第一刷 人は(多かれ少なかれ)こんな

記事を読む

『眺望絶佳』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『眺望絶佳』中島 京子 角川文庫 2015年1月25日初版 藤野可織が書いている解説に、とて

記事を読む

『本性』(黒木渚)_書評という名の読書感想文

『本性』黒木 渚 講談社文庫 2020年12月15日第1刷 異常度 ★★★★★ 孤

記事を読む

『屋根をかける人』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『屋根をかける人』門井 慶喜 角川文庫 2019年3月25日初版 明治38年に来日

記事を読む

『虜囚の犬/元家裁調査官・白石洛』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『虜囚の犬/元家裁調査官・白石洛』櫛木 理宇 角川ホラー文庫 2023年3月25日初版発行

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑