『砂上』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文 

公開日: : 最終更新日:2024/01/08 『砂上』(桜木紫乃), 作家別(さ行), 書評(さ行), 桜木紫乃

『砂上』桜木 紫乃 角川文庫 2020年7月25日初版

「あなた、なぜ小説を書くんですか」 北海道・江別で平坦な生活を送る柊令央は、応募原稿を読んだという編集者に問われ、渾身の一作を書く決意をする。いつか作家になりたいと思いつつ40歳を迎えた令央にとって、書く題材は、亡き母と守り通した家族の秘密しかなかった。執筆にのめりこむうち、令央の心身にも、もともと希薄だった人間関係にも亀裂が生じ - 。直木賞作家・桜木紫乃が創作の苦しみを描ききる、新たな到達点! (角川文庫)

若くして主人公の令央を生んだミオは、何事にも動じない、不思議に明るい人物だ。そのせいで、何を考えているのか、何も考えていないのかもわからない。しかも物語は、彼女が60で唐突に亡くなった直後から始まっているため、ますますもって、謎に包まれている。

肝心の令央も、ミオをわかっているとは言いがたく、一緒に暮らしていたのに、死別を悲しんでいる風もない。そんな令央は、別れた夫から入金される月5万の慰謝料がなければ、生活が立ちゆかない40歳の女性である。小説を書き続けるも、応募した賞には引っかからない。そこで焦ったり、自己嫌悪に陥ったりすれば共感を呼ぶこともあるかもしれないが、そういった思考はなさそうである。

この小説には、ろくな男が一人も登場しないし、柊家のもう一人の娘・美利に関しては、かなり特殊な生い立ちであり、令央との距離はミオよりも遠い。ミオが亡くなって、ようやくLINEを交換したくらいである。

そして極めつけが、編集者の小川乙三だ。「共感」 などという熟語をうっかり使えば、言葉の武器でこてんぱんに殺られるだろう。たとえ小説家ではなくても、舌を噛んで死にたくなるような正論で評価を下す彼女は、相手の恥の在処を瞬時に見抜く力があるのかもしれない。それこそ命を削るようにして書いた小説を、あっさり叩き落とされたその時だけは、さすがの私も令央に肩入れしたくなる。しかしそれは共感ではなく、同情だ。(解説より by 新井見枝香)

この小説は、主人公である柊令央が 「砂上」 という小説を書き上げるまでを、桜木紫乃が 『砂上』 という小説にした、という実に “まぎらわしい” 作品です。

内容が内容で、「執筆10年の到達点! 」 などと煽られたりすれば尚のこと、(個々の設定はともかくも) 普通に読めば誰しもが、柊令央は桜木紫乃本人のことだと思うに違いありません。それが事実かどうかではなく、高い可能性としてそう思えてしまう、ということ - 。ですが、

それってどうなんでしょう? (何とはなくですが、こんな話は読まずにいたかった。そんな気もします) いずれにせよ、

砂上は、書けても恥、書けなくても恥でした。

書店の店頭に飾る色紙に、桜木紫乃は、そんな一文を添えているそうです。その心は、しっかりきっちり自分の落とし前をつけて生きるべし、ということです。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆桜木 紫乃
1965年北海道釧路市生まれ。
高校卒業後裁判所のタイピストとして勤務。

作品 「起終点駅/ターミナル」「凍原」「氷平線」「ラブレス」「ホテルローヤル」「硝子の葦」「誰もいない夜に咲く」「星々たち」「ブルース」「霧/ウラル」他多数

関連記事

『七緒のために』(島本理生)_書評という名の読書感想文

『七緒のために』島本 理生 講談社文庫 2016年4月15日第一刷 転校した中学で、クラスメイ

記事を読む

『雨の鎮魂歌』(沢村鐵)_書評という名の読書感想文

『雨の鎮魂歌』沢村 鐵 中公文庫 2018年10月25日初版 北の小さな田舎町。中

記事を読む

『寝ても覚めても』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『寝ても覚めても』柴崎 友香 河出文庫 2014年5月20日初版 謎の男・麦(ばく)に出会いたちま

記事を読む

『その街の今は』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『その街の今は』柴崎 友香 新潮社 2006年9月30日発行 ここが昔どんなんやったか、知りたいね

記事を読む

『山亭ミアキス』(古内一絵)_書評という名の読書感想文

『山亭ミアキス』古内 一絵 角川文庫 2024年1月25日 初版発行 「マカン・マラン」 シ

記事を読む

『かたみ歌』(朱川湊人)_書評という名の読書感想文

『かたみ歌』 朱川 湊人 新潮文庫 2008年2月1日第一刷 たいして作品を読んでいるわけではな

記事を読む

『十七八より』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『十七八より』乗代 雄介 講談社文庫 2022年1月14日 第1刷発行 注目の芥川賞候補作家

記事を読む

『風葬』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『風葬』桜木 紫乃 文春文庫 2016年12月10日第一刷 釧路で書道教室を営む夏紀は、認知症の母

記事を読む

『セイジ』(辻内智貴)_書評という名の読書感想文

『セイジ』 辻内 智貴 筑摩書房 2002年2月20日初版 『セイジ』 が刊行されたとき、辻内智

記事を読む

『JR品川駅高輪口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR品川駅高輪口』柳 美里 河出文庫 2021年2月20日新装版初版 誰か私に、

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑