『ワン・モア』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『ワン・モア』(桜木紫乃), 作家別(さ行), 書評(わ行), 桜木紫乃
『ワン・モア』桜木 紫乃 角川書店 2011年11月30日初版
近々文庫が出るらしい。いや、もう出たのかも知れません。そんな記事を見たので、もう一度読んでみました。
この連作短編はすべてハッピーエンドで幕を閉じています。桜木紫乃の小説には珍しいと思いますが、登場人物がそれぞれ抱えている事情、それも生きていく上でかなり厄介な事情を乗り越えて、再生する姿を描いたのが『ワン・モア』です。
この人は『ホテルローヤル』で直木賞を受賞して以来、明らかに先鋭化して、女性の「生と性」を極めるような話を連続して書いています。それは今や彼女の独壇場になっていると言ってもいいくらいですが、この小説は生身を抉るような描写とは無縁です。
報われない女性の、胸が詰まるような話、不幸の狭間で泡立つ官能などが意識的に書かれ出したのは、つい最近のことなのです。ハッピーエンドで終わる話が悪いわけではありませんが、正直に言うと、私にはこの小説はどこかきれいごとめいて、落ち着かないのです。
読む順番を違えると、こうなるのかも知れません。つい最近出た『ブルース』まで読み進んだ直後に、この小説を読み直したのがよくないのかも知れません。
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女医の柿崎美和は、理不尽な理由で離島の診療所へやって来ます。市民病院とは違い、診るべき患者もいません。その腹いせではないでしょうが、美和は妻のいる男性・木崎昴と関係を持っています。妻の茜はもとより、島民の誰もがそのことに気付いています。
茜が診療所の美和を訪ね、夫の昴と別れてほしいと迫るのですが、美和は既に島を離れる決心をしています。学生時代の同級生で同じ医者の滝澤鈴音から、自分に代わって父から継いだ「滝澤医院」をみてほしいと頼まれていたのです。・・・第一話「十六夜」
坂木詩緒は、付き合っている男の暴力から逃れて佐藤亮太に救いを求めます。亮太はトキワ書店の店長、詩緒は以前トキワ書店のアルバイト店員でした。翌日「滝澤医院」で治療を受けた後、詩緒は亮太の部屋で身を隠すように暮らし始めます。
32歳の亮太にとって、詩緒は初めての女性でした。アルバイト店員だった詩緒に好意を持っていた亮太にとって、夢が現実になった瞬間でした。しかし、詩緒の元交際相手は執拗に彼女を追いかけます。そのことに、亮太は動揺しています。・・・第三話「おでん」
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第二話「ワンダフル・ライフ」は、大腸癌で命の期限を知った滝澤鈴音の話です。
第四話「ラッキーカラー」は、滝澤医院で働く看護婦・蒲田の密やかな恋の話です。
第五話「感傷主義」は、美和・鈴音の高校時代の同級生・八木浩一の話です。
最終話「ワン・モア」は、鈴音の元夫・拓郎が再び鈴音と暮らし始める話です。
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最終話のあと、空白を挟んで4ページ程のエピローグがあります。ここで主要な登場人物が揃います。和気あいあいのバーベキューパーティーの場面です。
一番のきれいごとは、鈴音がその場にいることです。余命宣告を受けて病院まで任せた鈴音は、美和によって奇跡的に救われます。美和は必ず鈴音を救うと決意して、見事に治してみせたスーパードクターに変身しています。美和のクールで物憂げな気配は限りなく薄らいで、もはや物語の遠景になっています。
詩緒と亮太は夫婦となり、50歳を過ぎた蒲田もかつて癌患者だった赤沢からの求婚を受けます。八木は医者になれなかった劣等感、鈴音を想う気持ちに何とか踏ん切りをつけます。医者ではない拓郎が、鈴音の病後を見守るためにまた医者の家に戻ってきます。
これ、ちょっと出来すぎだと思いません? 無理して最後にまとめる必要がどこにあるんだろうと思うのですが、みなさんは如何ですか。それぞれの短編は読みごたえがあるのに、なぜ最後にすべてチャラみたいに帳尻を合わせたのか、私にはいささか疑問です。
言いたいことは他にもありますが、下品になるので最後に八木君に一言だけ。医者になった美和や鈴音に対する君の劣等感や、本当は鈴音が好きな気持ちは、多分一生引き摺るんですよ。リスタートなんて簡単じゃない。引き摺りながら、みんな生きているのです。
要するに私が思ったのは、今の桜木紫乃なら、誰に言われても、多分あんな結末は書かないだろうな、ということなのです。
この本を読んでみてください係数 75/100
◆桜木 紫乃
1965年北海道釧路市生まれ。
高校卒業後裁判所のタイピストとして勤務。
24歳で結婚、専業主婦となり2人目の子供を出産直後に小説を書き始める。
ゴールデンボンバーの熱烈なファンであり、ストリップのファンでもある。
作品 「氷平線」「凍原」「ラブレス」「ホテルローヤル」「硝子の葦」「起終点駅」「無垢の領域」「蛇行する月」「星々たち」「ブルース」など
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