『飼う人』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『飼う人』柳 美里 文春文庫 2021年1月10日第1刷

飼う人 (文春文庫)

結婚十年にして子どもができない主婦 (「イボタガ」)。会社をリストラされコンビニで働く男性 (「ウーパールーパー」)。震災被災地に母親と引っ越してきた少年 (「イエアメガエル」)。うつ病で休職した市役所職員 (「ツマグロヒョウモン」)。風変わりな生き物を飼う人々の姿から、底知れない世界が広がる連作小説集。(文春文庫)

以下は、動物行動学者・東京大学教授の岡ノ谷一夫先生の見解 (解説)です。四話あるうちの一つを紹介しましょう。私の場合、最も身につまされたのがこれでした。

ウーパールーパー」。この両生類の正式な和名はメキシコサンショウウオである。アホロートルとも呼ばれる。ウーパールーパーという種名は、日本でしか通じない。3年前、近所の商店街でウーパールーパーを衝動買いした男は、32歳。実家に住んでコンビニでアルバイトをしている。誠意をもって正確に業務を果たしている。

ここに来る前、彼は別の町で7年間一人暮らしをしていた。総勢60名あまりの小さな会社であったが、彼の得意な英語を生かせる仕事に就いていた。会社の人々は、みな誇りをもって働いていた。社員食堂は安くておいしかった。非常に特殊な機械を作っていた会社であったため、経営は安定しているように見えた。しかし海外の会社が類似商品を作り始め、会社はだんだんと傾いていく。

「ピザまんが50円引きとなっております。いかがでしょうか? 」 と、指示通りのアナウンスを通る声で発する。会社をリストラされ、実家に戻り、コンビニで働くようになっても彼は職務に誠実である。

ウーパールーパーは、幼形成熟する。両生類だが陸にあがらず、一生を水の中で暮らす。鰓呼吸で酸素を取り込むが、時折水面に顔を出し、空気を吸い込む。肺もあるのだ。ウーパールーパーがこのような生き方を選んだのは、原産地の過酷な環境による。物語の終盤、彼はウーパールーパーに名前を与える。その行為が意味するものは何か。

(作中、コンビニで働く男性が吐く台詞のうち、強く印象に残った言葉)

四半世紀が過ぎた。とても長かったような気もするし、とても短かかったような気もする。
でも、中には思い出す度に顔面をぶつけるような衝撃を受ける出来事もある。だから、なるべく思い出すことを避ける。過去とは疎遠になった方がいい。時間があると余計なことを考えて過去と接触してしまうから、休みなく働いて時間を換金した方がいい。
(P77)

ドタキャンは良くないよね、と思うが、顔には出さない。この仕事で感情を使いたくない。喜怒哀楽は別の場所にある。体に無理をさせても、感情には無理をさせたくない。(P90)

黒い水のような暗闇の中で首を伸ばして水槽を覗いてみる。
ウーパールーパーは、前足を交互に動かして浮き上がり、カプッと息継ぎをして水底に沈んだ。
その音と動きが心臓に羽のように触れてきて、体の力がすうっと抜けた。

自分のために何か祈りたい気持ちになったが、願うことや望むことは何も無かった。欲しいものや叶えたいものが何も無かったのだ。(P155)

(最後に、再度岡ノ谷先生の言葉)

私は第一話から不快感と無常観を、第二話から絶望感とあきらめを、第三話からかすかな希望と平穏を、第四話から相互理解の不可能さとそれでも他者と生きてゆくことの喜びを感じた。よくある動物感動物語とは全く違う読後感が本書にはある。

どのような生き物であれ、飼うことは自分を見つめることである。どのような生き物であれ、愛することは可能だ。人間の過剰な共感力は、それをまっすぐに受け止める対象を必要とする。しかしここで描かれる生き物たちは、飼い主の共感力をまっすぐ受け止めはしない。ある時は飼い主の心の裂け目に潜りこみ、ある時は飼い主の身代わりとなって水中に潜み、ある時は飼い主に人生そのものを教え込む。

※特に言うことではありませんが、第四話に登場する市役所職員は、第一話の中々うまくゆかない夫婦の、夫のことです。

この本を読んでみてください係数 85/100

飼う人 (文春文庫)

◆柳 美里
1968年神奈川県横浜市中区生まれ。
横浜共立学園高等学校中退。後、演劇活動を経て小説家デビュー。

作品 「魚の祭」(岸田國士戯曲賞)「家族シネマ」「フルハウス」「命」「8月の果て」「雨と夢のあとに」「JR上野駅公園口」「ゴールドラッシュ」他多数

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