『ドアの向こうに』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『ドアの向こうに』黒川 博行 創元推理文庫 2004年7月23日初版


ドアの向こうに (創元推理文庫)

 

大阪南東部の橋梁工事現場でバラバラ死体が発見された。同じ場所から発見されたにも拘わらず、頭部は腐敗し、脚部は干からびたミイラ状態だった。数日後、大阪北部のマンションで心中事件が起き、部屋から新聞・雑誌に掲載されたバラバラ事件の切り抜きが大量に見つかった。二つの事件の繋がりは? おなじみ大阪府警捜査一課の文田巡査部長と総田部長刑事、通称〈ブンと総長〉に、京都出身で御国自慢が鼻に付く五十嵐刑事が加わって、意外な展開を見せる二つの事件を追う。不可思議なバラバラ死体と密室の謎で、黒川博行の作品の中でも、最も〈本格ミステリ〉要素の強い、初期の傑作! (文庫解説より)

物語も随分と後半になってからですが、心中事件の真相にたどり着く手がかりを得ようと、ブンさんと総長が同じマンションに住む小池という老夫婦を訪ねる場面があります。小池夫妻は、マンションのオーナーである隣の正徳寺で、植木の手入れや雑役をしています。

心中事件があったのが、マンションの703号室。小池夫妻の部屋は、一つ上階の803号室です。そのまた上が屋上で、ブンさんと総長は心中事件が実は偽装で、2人を殺した人物がおり、その犯人が8階から屋上へ上がったのではないかと考えています。

断っておきますが、ここが重要なところですよ、ということが言いたいわけではないのです。心中事件において実際に屋上は大変重大な意味を持つのですが、小池夫妻訪問は裏付け捜査の一つに過ぎません。私が伝えたいのは、本筋とはまるで関係のないことです。

そのときの小池翁と総長の会話。
(小池翁)「わし、あれから気持ちわるうてね。何や、下の部屋から青白い手が伸びて来そうで、ゆっくり寝てられへんのです。住職も次の借り手がないいうてぼやいてます」

(総長)「念仏唱えて、お祓いしたらよろしいがな」
(小池翁)「あの人はあきまへん。修行が足りんさかい」
と続き、最後はこんな風で終わります。

小池は空を仰いで嘆息する。前歯が二本欠けていた。
・・・・・・・・・・
どうです? 実に〈本格ミステリ〉らしからぬ、このユルい会話。「前歯が二本欠けていた」などと、軽いオチまでついている。どうでもいい情報の極みですが、でも、ここが面白い。サービス精神が旺盛で、心から「上手やなあ」と感じるところなのであります。

この後ブンさんは家に帰り、自分の悩ましい状況を母親に打ち明けます。彼は総長の読みが正しいと思っているのですが、一方で、どうしても崩し切れない謎を解けずに苦しんでいます。

そこで母親は、(唄うように)こう返します。
「困ったもんやな。あちら立てればこちらが立たず、立たんようになったら人生お終いや」

ブンさんでなくとも「まじめに聞いとるんかい」とツッコミたくなるようなセリフを平気で言ってしまうわけです。もう、こんなことの繰り返し。

結婚前の、十分大人のブンさんに、母はそれでも優しくリンゴをむきます。〈むつ〉よりも〈ふじ〉がええと、子どもみたいなことを言うブンさん。男は食べ物のことをぐちぐちいうもんやないと、母は息子を諌めます。

これなんの話や、などと思ってはいけません。このアホらしい会話のあとで、母はわが息子に、思いもよらぬ重大なヒントを与えることになるのです。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


ドアの向こうに (創元推理文庫)

◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。6歳の頃に大阪に移り住み、現在大阪府羽曳野市在住。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。妻は日本画家の黒川雅子。
スーパーの社員、高校の美術教師を経て、専業作家。無類のギャンブル好き。

作品 「二度のお別れ」「左手首」「雨に殺せば」「カウント・プラン」「絵が殺した」「疫病神」「国境」「悪果」「文福茶釜」「暗礁」「螻蛄」「破門」「後妻業」他多数

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