『私のことだま漂流記』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『私のことだま漂流記』山田 詠美 講談社文庫 2025年9月12日 第1刷発行

いかに生きてきたか。いかに書いてきたか。小説家としての半生を辿る本格的自伝小説

私を作った言葉を巡る旅へ

文学に目覚めた少女時代、挫折を嚙みしめた学生漫画家時代、横田基地時代、バッシングにさらされたデビュー後、直木賞受賞、そして幾度とない出会いと別れ。小説家として生きた半生を克明に辿り、積み重なった記憶の結晶を紐解いていく。自らの 「根」 となり 「葉」 となった言霊 (ことだま) の正体を探る本格的自伝小説。(講談社文庫)

この 「小説」 には、著者のこれまでの人生の凡そ全部が綴られています。彼女が気になる、彼女のことをもっと知りたいと思う人にとっては、格好の 「山田詠美入門書」 になるのではないかと。中に文壇とのあれやこれやもあって、およそ 「らしくない作家」 の代表みたいな著者の、公私にわたる様々な人と人との交流や関係などが明かされています。

ややもすると “特異な“ 人と思われがちな著者ですが、それは大きな思い過ごしでしかありません。小説をはじめ、著者が書いた諸々の文章を読むと、彼女の生き方・考え方が、とても “スタンダード“ だということがわかります。解説は島田雅彦氏と村田沙耶香氏のダブル解説という贅沢さで、特に島田氏の解説で、著者の (知られざる) 人となりがよくわかります。ぜひ読んでみてください。

風葬の教室』 を手に取ったのはどこの書店だったのか、私は思い出すことができない。本をぱっとひらいた瞬間の光景に、酷く驚いたのを憶えている。文字が紙の上で、今まで見たことがない表情で羅列されていることに震えた。どのページを開いても、読む前の紙の上の光景にすでに私を焦がれさせる引力があった。私の知っている言葉たちがそこでは見たことがない表情で並んでいた。

どうしようもなく心惹かれて、この 「文体」 がぎっしりと詰まったその本を買って帰った。

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どれくらいの期間この文庫本を読み返していたかわからないが、他の作品も摂取したくなって、数日後には書店に向かっていたのではないかと思う。その次に読んだ 『蝶々の纏足』 から受けた衝撃も、忘れることができずにいるからだ。主人公と麦生が口付けし、セックスする描写に、私はとても驚いた。

女の子が、自分の意志で、対等に性行為をしている。

書き出してみればあまりにも当たり前のことであるのに、そのときまで、そんなことが女性に、自分に、可能なのだということに、まったく気がついていなかった。(後略)

- 『蝶々の纏足』 を読んで自分が閉じ込められていたガラスの箱が粉々になったことは、私の人生にとってものすごく重要な転換点だった。『ベッドタイムアイズ』、『フリーク・ショウ』、『ジェシーの背骨』、『晩年の子供』、高校生のころの私はお守りのように、山田詠美の本を鞄に入れて持ち歩いていた。本を開くと、愛している文体と、私を粉々にした強靭な物語がある。そのことを思い出すと、いつでも、少しだけ自由に呼吸ができた。(村田沙耶香/解説・文學界 2025年5月号より)

あの村田沙耶香をしてこうなのですから、著者の小説の影響力たるや、いかばかりかと。そういう私も、以前ブログにこんなことを書いています。

もうずいぶん前のことになりますが、山田詠美の小説で初めて私が読んだのが 『僕は勉強ができない』 でした。いつ、何がきっかけで手に取ったのかは忘れてしまいましたが、以後、そのとき出会った一言が、私にとって、生涯忘れずにおこうと思う一言になりました。これだ、と思いました。今もことあるごとに思い出しています。

はるか昔になった若かりし十代の物語を読んで、大人になった我々はどう感じるのか - 山田詠美はそれを知りたいと思ったと言い、これは 「むしろ大人に読んで欲しい」 小説であると書いています。

歳を重ね、大人になっても、ある瞬間、心が高校生の頃に戻るときがある - 誰もが経験する、その感覚こそ何より貴重で、かけがえのないものである。・・・・・・・人には決して進歩しない領域があり、その進歩しなくて良い領域を書きたかった - そう記しています。

大人になるとは、進歩することよりも、むしろ進歩させるべきでない領域を知ることだ」 と。

どうです? その通りだと思いませんか。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆山田 詠美

1959年東京都板橋区生まれ。明治大学日本文学科中退。

作品 「僕は勉強ができない」「蝶々の纏足・風葬の教室」「ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー」「ベッドタイムアイズ」「色彩の息子」「風味絶佳」「つみびと」「ファーストクラッシュ」他多数

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