『満潮』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/09
『満潮』(朝倉かすみ), 作家別(あ行), 書評(ま行), 朝倉かすみ
『満潮』朝倉 かすみ 光文社文庫 2019年7月20日初版
わたし、ひとがわたしになにをしてもらいたがっているのか、分かるの。
人に迎合し、喜ばせることが生きがいの眉子。彼女の結婚式で配膳係のバイトをしていたコミュ障で自意識過剰な大学生・茶谷は、美しい花嫁姿の眉子に一目惚れをする。そして眉子の夫に取り入り、彼女に近付いていく。眉子は必ず僕を好きになる - 。眉子。茶谷。眉子の夫。絡み合う三人の関係は? 眉子がかつて体験した、強烈な過去とは? 真実と心の闇は、着々と明かされていく。ロングセラー 『田村はまだか』 の著者が放つ恋愛サスペンス。(光文社)
「わたし、分かったの。『そのままのわたし』 でいればだれかを喜ばせることができるって。そうして、『そのままのわたし』 はひとつじゃなくて、目の前のだれかの数だけいるの」
断片的かつ抽象的な自分語りに 〈と、言われましても〉 と困惑していた同級生は 〈ところで 『そのままのわたし』 ってなに? 〉 と訊ねます。そのあとの会話が不穏です。
「だれかがこうだったらいいな、って思う眉子」
「それはまゆちゃんからすると 『そのままのわたし』 じゃないよね? 」
「どうして? 」
「ちがうじゃん」
「おんなじよ」
おそらく多くの読者が、眉子が思うところの 「理想の自分」というものを理解できないと思います。何を言っているのだろうと。周囲は、彼女が思う “自分” についていけずに、自然、距離を置くようになります。
眉子には友達らしい友達がいません。それで構わないと思っています。そもそもが、彼女は人に対し対等な関係を望んでなどいません。これと定めた人に、一心に “尽くしたい” と考えています。尽くすことこそが、なりたいと願う理想の自分なんだと。
眉子という人には主体性がほぼありません。誰かの夢の形に自分をあてはめることによって初めて生きている実感が得られます。中小企業の社長のトロフィーワイフは、彼女にとって願ってもない役割でした。自分の価値を上げてくれる妻がほしいという夫の欲望はわかりやすかったからでしょう。
ところが、ある程度欲望を満たされると、夫は眉子がどんなに尽くしてもあまり喜ばなくなってしまいました。そんなときに眉子は茶谷という青年と出会うのです。茶谷は一目惚れした眉子に近づくため、彼女の夫の会社にアルバイトとして入社します。眉子は茶谷の歪んだ夢のヒロインに選ばれたのでした・・・・・・・(解説より by石井千湖)
異常かどうかということで言えば、明らかに常軌を逸しているのが茶谷で、眉子はただ一心に、あるがままの眉子という自分を演じているに過ぎません。
但し、基本それは夫に対してのみのことで、必ずしも彼女は “与し易い” 女性ではありません。いたずらに男性と交わることを善しとしません。たとえ夫と違う男性と知り合ったとしても、せいぜいが喫茶店でお茶を飲む程度のことでした。
※茶谷は早稲田の政経に通う学生で、自分に対し、強い自信と自負があります。元来優秀で有能な彼は、働き出すとすぐに眉子の夫の運転手を命じられます。気に入られた彼はアルバイトの身ながら、夫が主催するホームパーティーに参加するようになります。
思惑通りに事が運び、言葉を交わす機会が増え、やがて茶谷は眉子と二人だけで食事に行くようになります。ところが、話は弾まず、眉子はいっこうに茶谷に靡く気配がありません。眉子にとって茶谷は、茶谷が思うほどには魅力的ではなかったのです。
但し、茶谷はそうは考えません。彼の一途に過ぎる感情は、ある日を境に、二人の関係を大きく変えることになります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆朝倉 かすみ
1960年北海道小樽市生まれ。
北海道武蔵女子短期大学教養学科卒業。
作品 「肝、焼ける」「田村はまだか」「夏目家順路」「玩具の言い分」「ロコモーション」「恋に焦がれて吉田の上京」「静かにしなさい、でないと」「平場の月」他
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