『貘の耳たぶ』(芦沢央)_取り替えた、母。取り替えられた、母。
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最終更新日:2024/01/08
『貘の耳たぶ』(芦沢央), 作家別(あ行), 書評(は行), 芦沢央
『貘の耳たぶ』芦沢 央 幻冬舎文庫 2020年2月10日初版

あの子は、私の子だ。血の繋がりなんて、なんだというのだろう。
新生児を取り替えたのは、出産直後の実の母親だった。
切なすぎる 「事件」 の慟哭の結末は・・・・・・・。帝王切開で出産した繭子は、あるアクシデントと異様な衝動に突き動かされ、新生児室の我が子を同じ日に生まれた隣のベッドの新生児と 「取り替えて」 しまう。取り替えた新生児は、母親学級で一緒だった郁絵が産んだ子だ。とんでもないことをしてしまった、正直に告白しなければ、いや、すぐに発覚するに違いない・・・・・・・、と逡巡するが、発覚することなく退院の日を迎える。そして、その子は 「航太」 と名付けられ、繭子の子として育っていく。罪の意識にとらわれながらも、育児に追われ、だんだん航太が愛しくなっていく繭子。やがて四年がたち、産院から繭子のもとに電話がかかってくる。
一方、郁絵は 「璃空」 と名付けた子を自分の子と疑わず、保育士の仕事を続けながらも、愛情深く育ててきた。しかし、突然、璃空は産院で 「取り替え」 られた子で、その相手は繭子の子だと知らされる。璃空と過ごした愛しい四年を思うと、郁絵は 「血の繋がりがなんだというのだ」 と思うのだが、周囲はだんだん 「元に戻す」 ほうへ話を進める。両家の食事会、バーベキュー、お泊り・・・・・・・。郁絵の気持ちは揺らいでいく。(アマゾン内容紹介より)
子を持つ親は皆、身につまされる思いに震えることでしょう。自分に置き換えて、気がおかしくなるかもしれません。考えても考えても、答えは出ないはずです。
非は明らかに繭子にあります。但し、繭子ばかりを責めれば済むかといえば、そういうことではないような。寄り添う人のない中で、誰にも相談できず、朦朧とする彼女の時の心情を察すれば、ではどうすればよかったのか? 抑えられない衝動を、如何にして押し留めればよかったのでしょう。
あり得ない現実を前に呆然とする郁絵の胸中を思うと、かける言葉がありません。信じたものが覆る。四年もの間育んできた璃空との関係が、全部反故になる・・・・・・・。
たとえ自分が産んだ子が航太であったとしても、その時の郁絵にしてみれば、今更 「元に戻す」 などとは考えられないことでした。もはや彼女の子は璃空で、璃空以外にはいないのでした。たとえ本当に血が繋がっていなかったとしても 「血の繋がりなんて、何だというのだろう」 と。
※圧巻は第二章ではないかと思います。航太と璃空の間で揺らぐ郁絵の心情もさることながら、四歳になり、母を母として疑うことなく甘える二人の幼子の当然すぎる振る舞いに、その無防備さに、きっと胸が震えることでしょう。
[目次]
・プロローグ
・第一章 石田繭子
・第二章 平野郁絵
・エピローグ
解説 新井見枝香 (本作は新井氏が個人的に選ぶ、第6回新井賞受賞作品です)
最後に、この作品を第6回新井賞に選んだ理由を述べておく。
こういう読み方をするだろう。ラストはこんな気持ちになるだろう。そうやって読者の思考を想像しコントロールすることは、特にミステリ作家には必要だが、彼女の小説にはそれができているときとできていないときがある。そして私は、後者の作品がとりわけ好きである。物語に食らいつきすぎていて、全く余裕がない。だから読者の感情は、読者自身の心のありかたに大きく左右されてしまう。そこがいい。どこまで意図しているのか分からないが、こういうしんどい書き方をする作家は、信じられる。私は絶対にそんなことはしないと、己を信じきって相手を糾弾できるような人間に、こんな面白い小説は書けないからだ。(解説より)
この本を読んでみてください係数 85/100

◆芦沢 央
1984年東京都生まれ。
千葉大学文学部史学科卒業。
作品 「罪の余白」「今だけのあの子」「許されようとは思いません」「いつかの人質」「悪いものが、来ませんように」「火のないところに煙は」他
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