『推し、燃ゆ』(宇佐見りん)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『推し、燃ゆ』(宇佐見りん), 作家別(あ行), 宇佐見りん, 書評(あ行)

『推し、燃ゆ』宇佐見 りん 河出書房新社 2021年3月15日40刷発行

推しが、炎上した。21歳、驚異の才能、現る。

【第164回芥川賞受賞作】

誰かを応援する気持ちが、自らを奮い立たせることがある。
逃避でも依存でもない、推しは私の背骨だ。アイドル上野真幸を “解釈” することに心血を注ぐあかり。ある日突然、推しが炎上し - 。デビュー作 『かか』 は第56回文藝賞及び第33回三島由紀夫賞を受賞。21歳、圧巻の第二作。(河出書房新社)

遅まきながら、宇佐見りんの芥川賞受賞作 『推し、燃ゆ』 を読みました。『かか』 を読み、是非にも読みたいと思いながら、あっという間に一年が過ぎました。

歳が歳なだけに、耳慣れない 「推し」 という言葉とそれが意味するところに、薄っすらとした違和感がありました。私と著者の年齢にはおよそ四十年の差があります。こんな年寄りに、はたして二十歳前の少女の気持ちがわかるだろうかと。彼女の中で激しく渦巻く感情が、同じ熱量で私の心に届くのだろうかと。

いささか頼りなくもあり、(芥川賞決定にかかる) 選考委員の講評を読んでみました。九人いるメンバーのうち、二人を選んで紹介します。

◎松浦寿輝
「リズム感の良い文章を読み進めて、その救いの喪失が語られ、引退した 「推し」 の住むマンションを主人公が未練がましく見に行くあたりまで来て、不意にじわりと目頭が熱くなってしまった」 「主人公の嗜好も生活感情も世界との違和感も、ごく特殊なものでありながら、宇佐見氏の的確な筆遣いによって、どこか人間性の普遍に届いているからだろう。」

◎小川洋子
「本作に心を惹かれたのは、推しとの関係が単なる空想の世界に留まるのではなく、肉体の痛みとともに描かれている点だった。」 「DVDの中で真幸は、大人になんかなりたくないピーターパンだった。その尖った靴の先で心臓を蹴り上げられた時、まず彼女の中に飛び込んできたのは、陶酔でも衝撃でも憧れでもなく、痛みだった。」 「推しを通して自分の肉体を浄化しようともがく彼女の姿が、あまりにも切実だった。」

あかりの推しへの強い気持ちは 〈病めるときも健やかなるときも推しを推す〉、この一念に尽きるのでした。

ラジオ、テレビ、あらゆる推しの発言を聞き取り書きつけたものは、二十冊を超えるファイルに綴じられて堆積している。CDやDVDや写真集は保存用と観賞用と貸出用に常に三つ買う。放送された番組はダビングして何度も観返す。

溜まった言葉や行動は、すべて推しという人を解釈するためにあった。解釈したものを記録してブログとして公開するうち、閲覧が増え、お気に入りやコメントが増え、〈あかりさんのブログのファンです〉 と更新を待つ人すら現れた。

アイドルとのかかわり方は十人十色で、推しのすべての行動を信奉する人もいれば、善し悪しがわからないとファンとは言えないと批評する人もいる。推しを恋愛的に好きで作品には興味がない人、そういった感情はないが推しにリプライを送るなど積極的に触れ合う人、逆に作品だけが好きでスキャンダルなどに一切興味を示さない人、お金を使うことに集中する人、ファン同士の交流が好きな人。

あたしのスタンスは作品も人もまるごと解釈し続けることだった。推しの見る世界を見たかった。(本文より)

読むうち気付くのですが、高校一年生の 〈あかり〉 という少女は、どうやら軽度の発達障害であるらしい。それが何を意図し、何を示唆しているかの確かなところはわかりません。ただ、少女がそうであることを “誤解” してはならない、ということだけはわかります。

「推し」 を推すという行為 - その先に、彼女は何を観ていたのでしょう。あかりが生きるすべての理由であり救いであった推しが、やがて 「推し」 でなくなる日がやってきます。そのとき彼女は、何をもって世界と対峙するのでしょう。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆宇佐見 りん
1999年静岡県生まれ、神奈川県育ち。
慶應義塾大学文学部国文科の学生。現在2年生。

作品 2019年、『かか』 で第56回文藝賞受賞。第33回三島由紀夫賞を史上最年少で受賞。本作が第二作。

関連記事

『往復書簡』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『往復書簡』湊 かなえ 幻冬舎文庫 2012年8月5日初版 高校教師の敦史は、小学校時代の恩師の依

記事を読む

『らんちう』(赤松利市)_書評という名の読書感想文

『らんちう』赤松 利市 双葉社 2018年11月25日第一刷 「犯人はここにいる全員です」 あな

記事を読む

『口笛の上手な白雪姫』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『口笛の上手な白雪姫』小川 洋子 幻冬舎文庫 2020年8月10日初版 「大事にし

記事を読む

『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』(尾形真理子)_書評という名の読書感想文

『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』尾形 真理子 幻冬舎文庫 2014年2月10日初版 年

記事を読む

『綴られる愛人』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『綴られる愛人』井上 荒野 集英社文庫 2019年4月25日第1刷 夫に支配される

記事を読む

『円卓』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『円卓』西 加奈子 文春文庫 2013年10月10日第一刷 直木賞の『サラバ!』を読む前に、

記事を読む

『あくてえ』(山下紘加)_書評という名の読書感想文

『あくてえ』山下 紘加 河出書房新社 2022年7月30日 初版発行 怒濤である。出口のない

記事を読む

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』麻布競馬場 集英社文庫 2024年8月30日 第1刷

記事を読む

『正欲』(朝井リョウ)_書評という名の読書感想文

『正欲』朝井 リョウ 新潮文庫 2023年6月1日発行 第34回柴田錬三郎賞受賞!

記事を読む

『ナオミとカナコ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『ナオミとカナコ』奥田 英朗 幻冬舎文庫 2017年4月15日初版 望まない職場で憂鬱な日々を送る

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『羆嵐』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『羆嵐』吉村 昭 新潮文庫 2026年12月20日 62刷発行

『妊娠カレンダー』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『妊娠カレンダー』小川 洋子 文春文庫 2020年12月20日 第2

『カフェーの帰り道』(嶋津輝)_書評という名の読書感想文

『カフェーの帰り道』嶋津 輝 東京創元社 2026年1月23日 4版

『きっと君は泣く』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『きっと君は泣く』山本 文緒 角川文庫 2026年1月25日 改版初

『彼女たちが隠したかったこと』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『彼女たちが隠したかったこと』一木 けい 角川文庫 2026年1月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑